誰が為のオラシオン III
小田原に設置されたK.Y.R.I.E.の前哨基地。
そこに続々と届くのは戦況報告だ。奮闘する能力者は、終末論者を、天使を、そして悪意の獣を次々と撃破してゆく。
最中、新田 カヤ(r2p003472)の忙しさは戦闘中とそう変わってはいなかった。なぜならカヤは天才美少女闇医師候補生だからである。
「大丈夫! しっかり! わたしが治します、気張って!」
次から次へと運ばれてくる負傷者を、カヤは片っ端から治療してゆく。さっき天使と戦ったばかりだが、疲労は微塵も見せないで。
(わたしには信じる未来がある。未来のため、できる限り皆を助けていくだけです)
そうしてまた……一つの戦いが、小田原の戦場にて決着を迎えて。
黒薔薇のドレスが風に揺れた。
レイラ=スティクス(r2p005990)が見つめる空に、もう天使の翼も、白い繭も、「おかあさん」と呼ぶ声も、何もない。
ゆっくりと、瞬きを一度。星芒を湛えるその瞳を、遥か小田原城の方角へと向けた。
「悪い子だろうがなんだろうが、上等デス。お前らを倒すことが出来るのなら、悪い子にでもなってやるデス」
立ち塞がるのなら容赦はしない。このような悪意に――ひとの心を嘲笑うようなけだものに――祈ってやる言葉も、折ってやる膝はない。
踵を返そう。
……でも、今は未だ、あと少しだけ。
「私はもう少し『共存』の道を模索してみるよ。夢物語だと思われるかもしれないが、ただ天使を倒すだけだなんて納得はできない」――そう言って去った彼(r2p003329)のもう見えない背中を、彼女(r2p000400)はいつかを祈るように手を組んで見つめ続けていた。
そんな姿を、不倒の守護者は――綾瀬 久遠(r2p000480)は、頬伝う血を手の甲で拭い、ただ見守る。その傷は仲間を守り続けた証拠で、深紅の勲章で。
(きっと……人の祈りは人それぞれで、)
彼女の祈りが届くことを、心の中で静かに祈る。
――あなたへ別れの餞を。
悲しく苦しい白昼夢は、もうおしまい。
「行っちまったか」
姿を消した男(r2p006398)を、敢えて終末論者とは呼ぶまい。池神 暇次郎(r2p000690)には、彼がもう終末を望んでいるようには見えなかったから。
戦いが終わった戦場はひどく静かだ。転がっている終末論者の内――幸運にも(連中にとっては不幸にも)命ある者に関しては、事後処理の部隊がうまくやってくれるだろう。
ならば。
「ハラ減ったな」
空を見上げ、暇次郎は呟く。そうして、皆に届く声で。
「帰るか」
帰り道。
それを歩いていけることは奇跡みたいな幸せだったんだなあ、と――天狼 黎華(r2p001822)は目を閉じる。瞼の裏に思い描くのは親友の笑顔。愛しい笑顔。ずっとずっと会いたかった。幸せな帰り道を望んでいた。一緒に帰れると、信じていた。
目を開ければそこには誰もいない。ただ、黎華の手には、白い羽根が一枚だけ……握られていた。
「……なっちゃん……」
それでも、黎華は歩いていくんだと決めたから。
進み続けるしかないんだろう。
悩み、苦しみ。行き先は分からない。
ただ、歩こう。
――時の歯車は止まらない。
「ああ、……これより帰還する」
オーバー。帯刀・轟(r2p000437)は前哨基地へ連絡を終え、ふう……と息を吐いた。敵の気配は既にない。ここが全ての戦いの終わりではない。だから今は、共に戦った仲間達に労いの言葉を。
帰路に就く。歩いていく。歩いていく。歩いていく。
時に大事だったものを手放す事になったとしても、其処で全てが終わりじゃないから。
後悔を重ねても、無力に苛まれても、叶わなかった夢の残骸を抱きしめて涙しても。
命ある限り、其々の願いと誇りの為に歩んでいくんだ。
(想い出を胸に、君だけの星に手を伸ばし、星の光をその瞳に宿し、綺羅らかに笑って――
歌声が、君の世界が、ありのままに届きますように)
それが陽向居 イカル(r2p005651)の、祈り。
――地上に煌めく数多の祈りは。
いったい、どこの誰に届くのだろう。

