誰が為のオラシオン IV
時は11月、小田原。オラシオンの繭がもたらす被害を最小限に抑えるために、能力者たちは終鐘教会傘下組織グルガルタの拠点、小田原エリアへと攻め入った。
並み居る天使、聖釘使い、そしてオラシオンの怪物たちを倒して進み、ついには中心地である小田原城へと手をかけんとしている。
そんな中でも、大きな戦いが二つあった。
「朱魅っちさん……」
輝夜 姫子(r2p000065)はスマホの画面を見下ろしている。
マシロ市の街を背景に写る、どこにでもいる女の子。加工に加工を施した、ほとんど嘘のその写真を、けれど姫子は『本当の姿よりも』たいせつに胸に抱いた。
望まず天使と成り果てて、望んで人に仇なすことにした女の子へ送った、さいごの嘘だから。
そしてもう彼女に、嘘をついてあげることは、もうできないのだから。
「ほら、俯いてはいけない。報告を」
晦 総嗣朗(r2p000168)が促すように手で前を示すと、姫子はハッとして顔をあげた。
「『朱の雷撃』鳳城 朱魅の撃破に、成功しました」
練習をしたのかいつもより流ちょうに報告を述べる姫子の隣で、総嗣朗も顔を向ける。
「こちらも、『雷の修道騎士』ルイシーナの撃破を終えたところだよ」
二人の強力な天使とそれに連なる小田原の聖釘使いたち、更には大量のオラシオン――。200人規模の作戦は、激戦の果てに勝利を収めた。
「人の子は、少なくとも美しく散華した。それが、僕の贈れるすべてだ」
そう、すべてだ。人が天使にしてやれることなんて、きっと殺すことしかないのだろう。
せめてもそれが、美しくありますようにと。
『そいつの願いは叶ったのか』という仲間の声を思い出し、総嗣朗はあえて瞑目した。
時として天使はヒトのように振る舞うことがある。人から成り果てたものであるがゆえのサガなのか、はたまた意地悪で残酷な世界の仕組みなのか。それはわからないけれど。
死ぬ前に笑ったり、あるいは祈ったり。
そんな彼女たちをただ無感情に殺すばかりでいられない。
これが講和なき戦争だからと、割り切ることはできるけど。
「勝てたんなら、上々だろ」
ウィザ・ルベライト(r2p006361)は感情の分かりづらい無表情のまま、総嗣朗たちの顔を順に眺めた。
「小田原に展開していた大勢の天使も、聖釘使いたちも、そしてラスティーウルフの装着者たちも撃破した。天使は見る限り全員殺して、人間は一部拘束。最重要人物だった三峯狼牙は生きちゃいるらしいが……意識不明の重体だとよ。最悪、この先一生目覚めねえかもしれねえと」
最近『悪くない』と『良い』の区別がついてきた。
この状況が『悪くない』のだと、今なら分かる。
すぐそばで、ヒュプリル・ヒュプノス(r2p000012)が目を瞑って俯いていたから。
聖釘を使い、マシロ市に敵対し、天使に与する終末論者となった小田原コミュニティの住民達。例え生き残ったとしても、彼らの未来はあまりいいものではないだろう。
侵した罪も、壊した物も、刻まれた傷もなかったことになんかならないのだから。
けれどだからこそ、願ってしまう。
誰もが幸せになれる世界を作るなら、彼らにだって……と。
「きっと、大丈夫だよ~……狼牙さんはいま『やさしいゆめ』を見てるはずだからね~」
柔らかく囁くように、微睡に誘うようにヒュプリルが言う。
そうかと短く返してウィザは振り返る。
「ちったぁ救いがあったなら、なによりだよな」
見上げる先は、小田原城。
悪意の繭と『うそつき』たちの激戦区。
戦いは今もまだ続いているのだろう。
自分達にできることは、これ以上はない。
彼らの勝利をせめて、祈ることにした。
せめても救いがありますように――と。

