Scarlet of Blood.
どうしてあそこはあんなにも。
あんなにも――遠いのだろう。
どうしてあれはあんなにも。
あんなにも――高いのだろう?
(ああ。アア、嗚呼――)
――きっと少年はずっと空を、見ていた。
瞬く瞳は胡乱な夢を見続けていただけだった。
こんなことが、前にもあったなと明滅する意識の内に情景が浮かんで沈む。
あれはそう――アレクシスがウィラの世界を壊しに来る前の事だった、気がする。
澄んだ青空が気まぐれな曇天に変わり、それは冷たい雫を頬に叩きつけたものだった。
――ウィラは、もう冷たいも痛いもよくわからなかった。
今は、つまらないだろうか?
これは退屈な結末になるのだろうか?
流れ落ちた血液は零れた分だけ少年から明瞭な思考を奪い去っていた。
(こんなの、有り得ないじゃないか――)
ウィラの侮蔑は最早人間だけを向いていない。
その軽侮は酷く弱くつまらないものに倒された自分自身をも向いていた。
その弱さも、変哲もない人生も、何もかも――全てはくだらないものだった筈なのに!
果たして、どうだろうか。弱いと、つまらない存在だと断じていた人間に倒されて、己の命脈は尽きようとしている。
(……悔しい)
決定的な痛恨だけがそこにはあった。
ここで命尽きることが。
アレクシス・アハスヴェールの命を果たせなかったことが。
己が救世主の作る世界を見られないことが。
悔しい、悔しい、くやしい――言葉で言い表せぬ程にも、口惜しい!
だけど。
『幸せな世界だと思わないかい?』
忸怩に咽ぶウィラの脳裏に不思議と戦いの最中で聞いた言葉が蘇った。
それはきっと……ウィラのために描いた理想郷だったのだろう。
甘やかで何の実現性も無い戯言だ。
天使も人も関係なく、誰も失わない、誰もが笑っている幸せな世界だ、なんて。
詮無い。夢物語が過ぎるハッピーエンド。機械仕掛けの神だって届きやしない。
……それでも、それでも。
もしもを考えてしまったのは、全てが終わった今だからなのだろう。
(……だって、そんな世界があったのなら……)
猊下も、弥白も、シンジだって。皆、争うことなく暮らしていけただろう。
そんなの。遠いあの空よりも高くて、青くて素敵にも思えたじゃあないか?
ねえ弥白。本当に、もし本当に。そんな世界が作れたら――。
―――
――
――壮大なる建造物が、音を立てて崩れ去ってゆく。
地獄の門を思わせるような、物々しい扉は開くことなく。そこにいる人間たちは、そこに何があったのかすらもわからない。閉まったままの扉など開けようがないのだから。
けれど今、確かに。このテミスが破壊されたことで、アレクシス・アハスヴェールは更に一つの強味を失った筈だ。
こつん、と。何かが転げて足に当たって、小鳥遊 宇宙(r2p002350)は視線を巡らせる。
それはセントラル・テミスだったもの。僅かばかりの残滓。
拾い上げた宇宙が次に見たのはゆっくりと立ち上がる宵闇 弥白(r2p003368)の姿であった。差し出したキャンディは未だ、弥白の手の中に。だって彼の手はもうぴくりとも動きやしなかったから。
「……報われなくっていいなんて、言わないでよ」
その言葉も、もう、届きはしない。
いやさ、彼は憎まれ口を叩いたかも知れない。
届かなくてもいい、なんて。
「弥白!」
「……ユキちゃん」
思考の空隙に声が響き、弥白が呼びかける声に振り向いた。 必死な表情でかけてくる桒沙 遊祇(r2p001951)の姿はボロボロで、思わずその足が前に出る。
「怪我は――」
「――大したことないよ。ルル・ベルには逃げられたけど……」
遊祇は悔しそうに歯噛みしたが、それでも、ウィラたちの元へ天使の軍勢を行かせぬようにしたと思えば十分か。
「すげー! あのでっけー門が崩れてるぞ!!」
更に元気に走ってきたチプタ・ウールヴル(r2p005877)によるとレアと呼ばれた天使は倒されたらしい。らしいというのも、彼自身は覚えていないからだ。
「まぁー、ね? ほら? データはばっちり正確だったし? 勝利しない理由がないってワ・ケ!」
バチコンとウィンクをして見せるサリア(r2p006129)。こちらは大変だったがと藍白(r2p006586)は尾をひらめかせる。権天使に数多くの天使、これ以上の増援があったらどうなっていたか。
しかしセントラル・テミスの崩壊、そして能天使が倒れたことにより天使級たちは散り散りになったようだった。
こうして仲間達が集まって来たという事実は――レイヴンズに人心地を与えていた。
つまる所それは、この場での戦いの勝利を意味しており、彼等が己が務めをやり切った事を証明していたからだ。
「全く。これで終いとならぬのがもどかしいことよ」
……とは言え、終わっていない。 ひどく疲弊した様子で、しかし輝夜(r2p000190)は剣呑な眼差しを富士山方面へと向ける。
誰も彼もが疲弊しきっていた。怪我人は数え切れず、急ぎ態勢を整えるため後方へ戻る必要があるだろう。
決着が遠いのは知れていた。これは数ある戦場のひとつが終わりを迎えただけに過ぎない。
「最後の神が祈る先など、どこにも有りはしないさ」
張り詰めた空気を少しだけ宥めるように山中 柳翠(r2p006456)も輝夜と同じ方向を見やって言った。
ここまで人類は彼らに提示してきた。
神意の拒絶と人類の力の証明は鮮烈な光さえ帯びている。
命を踏み躙られることが当然ではないのだと。天使の勝利は約束等されていないのだと。
――我々は、何処までも抗えるのだと。
「さあ、行こう」
柳翠の短い言葉は端的な、そして強かなる激励だった。
セントラル・テミスを壊した今、進軍するはアレクシス・アハスヴェール一点のみ。
果たしてアレクシスとの激闘はどのような変化を迎えているのか――
――答えを知る者は何処にも無くとも。物語は確かに最後の決着を望み始めている。
※ウィラの撃破、セントラル・テミスの破壊が確認されました!

