『りもこん』
天地が震える。真なる神威が顕在化する。
第五熾天使の感情を起因とした、究極の魔業が此処に至らんとしているのだ。
これが終焉。
これこそ破局。
神威、神言、外れざる神の預言にして予兆、恩寵。
アレクシスの真骨頂。これがアレクシス最大の覇気――
――『滅亡の書・ソドムゴモラ』
――『森羅万象の理よ、我が手中たれ』
――以上二点、熾天使級権能・複合行使、始動!
アレクシス・アハスヴェールが最優の技巧派である事は間違いない。
他のアーカディア・イレヴンでさえ成しえない、熾天使級権能の複合を成す。
誰が届こうか、この高みに。
他の誰に成せようかこの御業が。
熾天使とは誰も彼もが超常だ。大仰に例えるなら一人一人が世界そのものである。故に熾天使の宝冠は、只人の常識などに当て嵌まらない理外の現象を当然の如く引き起すものだ――が。アレクシスはそんな怪物の中でも特異であった。複数の熾天使級権能を保持可能という異例の能を宿している。
それは理論上では――あくまで理論上の話にはなるが――アーカディア・イレヴンを、もし全員倒し喰らい、消化する事が出来たのなら、十一の宝冠、全てを保持し行使し得るという可能性に繋がっている。
なればこそ、アレクシスは第十一の欠片を求めた。 至高の高み、自称さえ寄せ付けぬ――誰も辿り着けない神の境地へと至らんが為に。
……そして。今より放つこれこそが、その片鱗であった。
――悲嘆の日々よ、終われり。
――歓喜の時よ、今終われり。
――悪性の罪よ、醜悪なる魂よ。
――無価値の塵よ、蒙昧の芥よ。
――ソドムに、ゴモラに還り戻れ。
――不信心、歴の忌み子、肉欲の淫ら、神への偽証者よ。
――汝ら最後の晩餐も赦されず、最早贄なり。
朗々たる傲慢はアレクシスのステージが変化した事こそを告げていた。
――三千世界、遍く万象、永遠の森羅よ。
――神威を知れ。アハスヴェールの名の下に悉く平伏し、崇め給え。
――我が眼前こそ理想郷。我が眼窩こそ永遠の王国。
――開闢は来たれり! 大地よ! 空よ! 我が審判に咆哮せよ!
――是は栄光なり。是を理解せよ、是の歓喜に浴すべし。
――今、アレクシス・アハスヴェールは眼前全ての敵に烙印を落とし、命じん!
即ち、神罰執行。畏れ、慄け! 『我が裁決、此処に成れり』!!
「なん、だ――これは――!!」
神威の雷霆を目の当たりにすれば、叫んだ誰かの声は掠れた。
ソドムゴモラの滅び。超速の完全解析。
両の属性を宿した第三の熾天使級権能は恐ろしい勢いで戦場を塗り潰す必殺だった。呑まれたパールコーストの部隊は文字通り跡形も残らず、悲鳴を発する暇もなく、抵抗できる余地もなく――遍く全ての理を解析の死の渦に呑み込むだけ。
もしもこの御業に耐えうる者がいるとするのならば――同格だろうか。
いや……この悪辣なる蛇は熾天使さえ付け狙う狡猾さを持ち合わせよう。
一撃受けるだけで傷口より解析され、次なる撃が致命と成りかねない。
あぁ、これこそ正にアレクシスの全身全霊。
有体に言ってしまうのであれば――単純に生物としての格が違うとしか言う他は無い。
アレクシス・アハスヴェールは己が身に鎖を掛けた上でも――超越の存在だ!
(あぁ……)
最悪の地上、最悪の気分の中で――それでもアレクシスは陶酔した。 世界が浄化されていく。敵と断じた者達を滅ぼす事の、なんと心地よい事か。
(ターリル、これは貴方への鎮魂歌としましょう……
貴方を誑かした背教者の絶叫をもって、安らぎの旋律とするがいい)
アレクシスの端正な貌の口端が吊り上がり――彼はこの期に及べどあくまで神として託宣する。
「死になさい。滅びなさい。これが神の宣告。真なる裁き。
我が威光をその目に焼き付け、祈り震えながら冥界へと往くのです――!」
彼は今。眼前に映る全ての生命を消し去らんと力を振るう。
それは彼が眼前の不快な虫を敵として認めた――大いなる評価にも値しよう。
地獄顕現。怒りを内包した神の裁きは止まる事無く、全てを平らにするまで止まらない――
――筈であったが。
『……なんて規模だよ。こいつは、とてもマトモにはどうにか出来るもんじゃねぇな』
飄々とした――以前と変わらない惚けた調子でそう零したのは力天使へと至った、りもこんであった。
「――おや、どうしているかと思ったら。
どうしました、先程からあちらこちらをうろつき、人と戯れていた様ですが……尻尾を巻いて逃げ延びれば少しは寿命も延びたものを。殊勝に処刑されに来ましたか? ああ、いや。元より逃す気等はありませんが――」
りもこんは今、人の側に再び立っている。何ゆえそんな事が叶ったか――?
最大の要因は豊穣鬼神・魂(r2p000385)による権能の崩しである事は今更言うまでもない、が。
それに加えて、彼が直接指名を受けた事による、超レアケースの天使化だった事も、影響していたかもしれない。
(この私が斯様な扱いをしてやったというのに。我が慈悲を理解せず離反するとは……)
故に余分に苛立ちを覚えるアレクシスはりもこんに対して強い怒りを抱いていた。
ターリルに関しては、或る種、アレクシスなりの『愛』をもって粛清した。
その在り方を歪と述べる者もいるだろうが、アレクシスにとって矛盾は無い。
ターリルの件はただただ残念だった……が、りもこんは違う。
彼は明確な造反意識を持って、アレクシスの下から離れたのだ。
そんな者に掛ける慈悲は無い。
ヴァルトルーデの様に、遠い未来に再会しうる可能性を残す気は無く。
ターリルの様に、情をもって消滅させてやる気もない。
「失せなさい、痴れ者が」
りもこんは、奴だけは。無残にして無限の痛みを伴う死こそが相応しいと吐き捨てる!
『ぉぉぉぉおお――!!』
アレクシスから降り注ぐ雷撃は、一条でもマトモに受ければ消し炭にでもされてしまうものだろう。
だが、咆哮と共に抗ずるりもこんが刹那に頼ったのは己が力であり、彼の力だった。
――神聖領域『□神の加護(残滓)』。
大本は彼のネクストであったもの。力天使になった影響で出力を含め変質が生じているようだが、根幹は変わらない。周囲の面々をあらゆる負から護る守護の力とならんとする彼の在り様そのものだ。
「甘く見る」
アレクシスはせせら笑った。
「力天使如きの手品がこの私に通ずるとでも? 本気で思いますか? りもこん」
『ぐ、ぅ、があああああ――!!』
「やはり愚物は愚物。嘲るにも足らない笑止というもの」
りもこんの苦痛、その悲鳴を目を閉じたアレクシスは天上の調べの如く楽しんでいた。
アレクシスの全霊を凝縮させたケラウノス・ゼロはりもこん程度の出力でどうこう出来るものではない。雷霆が掠めるだけで加護はまるで硝子のように砕け散り、更には力の発生源であるりもこんに解析の蝕みを与えよう。
「どうしました?」
追い詰めた虫を嬲るようにアレクシスは笑った。
「造反したという事は、我が恩寵という至上の幸運を投げ捨てたという事は。
つまり――あぁ私に一打を加えたくなったのでしょう?
ならばそうすれば宜しいではありませんか。私は此処にいますよ?
貴方の手の届く所に居る。この至高の熾天使が――イカロスが目指す太陽よりは近くに居る!」
『あ、あぁ……きっと、そうかも、なぁ……!!』
「尤も、簡単に殴らせてやる気はありませんがね」と肩を竦めたアレクシスに吐血し、血濡れたりもこんは歯を食いしばった。
(……なぁアレクシス)
その言葉はもう紡ぐまでも無く。
アンタはすげぇ優秀だ。
アンタは案外公平だ。
アンタはアンタに盲目な信徒にはけっこう寛大で――神様っぽい所だってなくはねぇよ。
他の連中が忠誠を誓う理由だって――力天使の俺は理解だって出来るんだ。
アンタはきっと間違えない。
アンタに従えば、何時でも先回りして、完全な答えとやらを用意してくれるんだろう。
(……だが、よ)
……それは幸福かもしれない。
誰かの望む――理想である事さえ否めない。
何も考えなくていいという、ぬるま湯の楽園。
人生は何時も過酷で、運命は何時も残酷だから。
……あぁ、ああ。確かに望んだのだ。
望んだ事もあったのだ。誰かに導かれたいと。誰か、俺を操作してくれと。
無限の窒息の世界から救い出してくれるのなら、その手は狭量な神であっても良かった筈なのだ。
――だけど。
『お、れは……!!』
見たんだ。
『輝きを……! どこまでも諦めない、眩しい光を……!!』
魂の色彩を。あの友人の極彩色を。
『――俺は、見たんだ!!!』
だったら俺が、一度諦めた俺が……もう一度諦める訳には、いかないだろ……!!』
かつて見たドゥームス・デイの地獄も、パノプティコンの決断も同じ事。
りもこんはきっと諦めた。遠い日には無力に、牢獄では全員で戻る事を!
『何て言われようと構わねぇさ。何とだって罵るといい。だが、あの、光を、見たら、なぁ……!!』
胸中に宿った熱は冷めず、炎は消えない。
人の意志が、真に無限の可能性を秘めているのなら――と。
りもこんは神に祈って神を撃ち抜く未来しか見ていない!
『あああああッ――!!』
りもこんは戦う。戦い抜く。
自らに宿る全ての力を注いででも。
今ここにいる皆を救いたいと願うから。
もう一度天使として人を殺すなんてのは――御免だと!
「破れかぶれの特攻が、私に通じるとでも……」
アレクシスは力天使如き何が出来るかと嘲笑した。
彼がそう結論付けたのは当然の事であり、何らおかしい事では無かった。
……が、しかし。
「なに? なんだ、これは……?」
アレクシスは走った異変をも誰より早く感知した。
(馬鹿な――これは、一体!?)
りもこんの神聖領域の効果が……突如。尋常ならざる拡大を始めつつある。
その出力は未だアレクシスには遠く、届き得るものではなかったが……異常事態は確実だった。
『――――』
「りもこん――!!」
『どうした。理解してみなよ、猊下。その誰よりも優れた頭脳でなぁ!!』
啖呵を切ったりもこんにアレクシスは絶句した。
ケラウノス・ゼロは全てを解析し、滅ぼし尽くす絶技だ。
しかし、りもこんによる護りの加護は……破壊される度に新たに形成されている。
(ケラウノスに……間断なき再生で抗している、だと……!?
なんだこれは? 何故こんな事が起こる! 奴にこんな力が!?
いや如何なる力が秘められていようと、力天使如きに止められるはずが――!)
アレクシスの尋常に非ざる困惑。真実は何処にあったのか――
結論から言えばこの状況を正しく理解している者は居ない。
その理は、正に奇跡の組み合わせと言う他ない偶然の産物だったからだ。
九頭龍大神。かの神は、兎神 ウェネト(r2p000078)の望みと契約の履行により、天使に接近するための守護の加護を周囲に齎していた。彼自体は今ぞ消えてしまったが――しかし与えた加護は未だ残滓の滞留ではあるが、戦場に残っていたのである。
そこに、りもこんの神聖領域が張り巡らされた。
彼の能力『□神の加護(残滓)』……否。
真名こそ『医神の加護』の名を冠するソレは、蛇の加護と奇跡的な親和性を発揮したのである――! かの医神は蛇にまつわる伝承があればこそ。戦場に残る神の力が加わりて、元々防に特化したりもこんの権能を、刹那の一時ながら各段に昇華させたのだ。
……つまり、死して尚。かの蛇は人と共に在り続けていた。
それが一時の幻想のようなものであったとしても、共に。
熾天を穿たんとする運命に加担する共犯者であり続けている!
「ふざけるな! ふざけるな、ふざけるなァ!!!」
流麗な美貌から怒りを発出し、叫んだアレクシスの出力が上がる。
――無論、所詮は残滓だ。この親和は恐らく、十秒も持つまい。
だが。数秒あれば十分――十分、一矢を報いるにはお釣りが来る!
『ぉぉぉおおおお――!!』
りもこんは往く。
羽を広げ、真っすぐに。全速をもって飛来しアレクシスの下へと。
防御の悉くを撃ち抜かれ、雷霆が掠めながらも竦まない。
進み、乗り越え。そして――!
『なぁ猊下、聞いてくれよ』
握りしめる五指。堅く、硬く。
『やっぱり俺は人の側だ。アンタには感謝している所もあるが――』
岩を超え、鉄をも超え、その拳には力が宿り。
『言わせてもらうぜ。やっぱりアンタはダメだ。そして……!』
守護障壁権能の崩壊しているアレクシスの顔面へと――
『――この勝負は、俺の……いいや、俺達の勝ちだ』
全霊の一撃として、打ち込んだ。
それは奇しくも。夢幻の如き身となり顕現した魂が叩き込んだのと――同じ場所。
「が――ぐ――ッ!!」
揺れた思考にアレクシスは痛恨を噛んだ。
(これは……やはり尋常では……無い!)
あの時の魂は残滓のようなものだった。
だが、この効きは異常過ぎた。
(……あの食当たり、まだ余計な邪魔をする気ですか……ッ!?)
或いは魂の傷はアレクシスの完全性にヒビを入れてたのかも知れない。
答え合わせをしている時間は無かったが、意識を一瞬とはいえ明滅させたアレクシスが人並の痛打を受けたのは事実だった。
だが――そこまでだ。
そこまでで、望外を超えた奇跡である。
詰まる所、この世界にそれ以上等有り得ない。無慈悲な運命はそれを望まない。
『――づ、ぁァアア!!』
加護の限度が来たのだ。なれば雷霆は灼き焦がそう、その身を。骨の髄まで。
『あぁ、クソ……まぁ、こんなもんか……』
胸元から下が、完全に消滅した。
更に続け様、三つの雷撃が迫りくるのが見える――一つで十分だろうに、三つも御馳走してくれる!
(……キレすぎだろ)
次で死ぬ。一秒後か、二秒後か。
同時。世界がスローになっていく――あぁ、これが。
(死に際の走馬灯ってやつか……まさか俺が見る事になるとはなぁ)
りもこんは、元小児外科医。つまり医者だ。
ドゥームズデイ発生の折には……ずっとずっと見送る側だった。
彼らも死に際にはこうして――こんな走馬灯を見ていたのだろうか? と想いを馳せた。
(……散々な日だったよなぁ)
今でも思い出せる、あの日の地獄は。
蹂躙された命は何処に。
救えなかった命は踏みにじってもいい無価値だったとでも言うのだろうか?
手の中で助けを求めながら消えていく命の――あまりの多さに絶望した。
……やがて。疲弊の極みに至り、鏡で己が顔を見た時の。
バケモノが過ぎる表情に遂に仮面を被ってしまった。
あれからもう何十年――
(見送り続けていた俺が)
遂に皆の所に行くのか。
皆――俺を恨んでいるだろうか。
医者でありながら誰も助ける事が出来なかった、俺を。
あぁ俺を……
(見ないでくれ)
バケモノじみた俺を。罪ある俺を。皆、すまなかった――
――先生。
……刹那。りもこんは思い出した。
心が摩耗しきっていた頃、ずっと手伝ってくれていた看護師の、言葉を。
耳に届かなかった言葉を。右から左に聞き流した言葉を。
青い使命感だけで振り切った彼女の言葉を。
アイツは確かに言ったのだ――
――先生。救えなかった者の数ばかり、数えないでください。
――貴方には、救えた人がいます。
(……そうだったかな。本当に、俺は、救えたかな?)
幻聴に応じるりもこんの現在と過去が交錯する。
――勿論です、先生。
――御礼を言われてましたよ。気付きませんでしたか?
(……あぁ、そうだったっけ?)
それは甘やかな夢に過ぎず、人が合理化で見る都合のいい救いに過ぎないのだろうけど。
――貴方には救えた人がいます。貴方の人生には、貴方に感謝している人がいます。
先生。生きていれば失敗もあります。生きていれば間違える事もあります。
人生に完璧で、失点のない道なんてないんです。
そんな世界を目指すのは、世界に期待し過ぎです。
だから――
(あぁ……)
――どうか、貴方も幸せになってください。
貴方は幸せになっていいんです。
(……あぁ、そうだな)
電子の音声は、もう要らない。
死出の旅にて振り返る。視線を滑らせれば、そこにはレイヴンズの姿が映る。
可能であればもう一度彼らの隣に立ちたかったが……
どれだけ羨んでも、もう二度と戻れない。
(だけどそれこそが――真っ当な人生だよな)
刹那。りもこんの口端に笑みの色が浮かぼう。
自嘲の笑み? いや……それはまごう事無き、納得の笑みであった。
自らの歩みに意味はあったのなら――
「勝てよ、皆」
俺は過去になっていく。
皆は未来に行ってくれ。
それでいいんだ。お前らは、振り返らずに行ってくれ。
……暗闇の中で、ずっとずっと迷っていた気がする。
仮面の奥底に自らの魂を隠すのは楽で良かった。
でもようやく辿り着いた。
俺は、救えたと思ってよかったんだな。
俺は、幸せになってもよかったんだな。
それなら仮面はもう必要ない。
「ふぅ」
――あぁ。
随分久しぶりに、呼吸が楽だ。
……ただいま、皆。
深呼吸したりもこんの身を、白き来光が包み焼いた。
***********************************************************************
それは本来あり得ない事。出鱈目と言って良い現象だった。
無論、死間際こそ生命は想わぬ底力を発揮するものだ。この世界には『火事場の馬鹿力』という言葉があるが……それに類する現象は存外、馬鹿に出来るものではないとアレクシスも頭では理解している。
だが、アレクシス・アハスヴェールは精神論で何とかなるレベルではない筈だ。
それを考慮した上で、違和感が強い。
(なんだ……何が起こっている……
なぜ私の計算を、これほどまでに超えられる……!?
こんな事は今までに一度もなかったというのに……!)
一つ一つは致命ではない。誰か一人が命を賭した程度なら、大したことは無い。
だが何故こうも食い下がれる? 何故こうも流動的要因が多い?
どういうことだ。どういうことだ。一体、何が起きているというのだ――!?
「……ッ!」
瞬間、アレクシスの思考に雷撃が奔る。
この世界の人間は、何か特異なる性質を持っているのではないか?
……馬鹿げた思い付きの検証をしている時間は無かった。
だが、真実はさておき、アレクシスの状況は混迷の一途を辿っていた。
ケラウノス・ゼロは至高の業だ。だが熾天使級権能を融合させた上で放つ一撃などというものは、容易く形成し得るものではない。労無く紡ぎあげる事が叶うモノなら、とうの昔に行使している。それは、つまり……
「ぐぅぅぅっ……こんな、事が……!!」
アレクシスの出力がピークを過ぎた。
言い方を変えれば、その力の底が見えた。エネルギーが圧倒的に不足している。
やはり行使されたのは不要な大技だった。単純に、格下相手に放つ魔業としてオーバースペック過ぎるのだ。敵の軍勢を滅ぼすだけなら――最高出力に到達するまでに恐ろしく時間はかかるが――やはりソドムゴモラだけで十分だったろう。
だというのに使ってしまった。
粘り続ける人類に業を煮やし。
喰らい付く魂の執拗さに悩んだ挙句、りもこんの叛逆に集中が乱れてしまった。
何故、こんな事をした? 何故、こんな事をしてしまった――?
(……ターリル……!)
アレクシスの脳裏に映るのは、己が粛清した一人の少女。
ターリルがあんなことを告げなければ、こんな事にはなっていない。
ターリルが、人の毒に穢されていなければ――こんな事には――!!
(感情などやはりこれだから……!!)
アレクシスは内心だけで吐き捨てて彼には非常に珍しい事に――己が不運と世界を呪った。
だが、実を言えば彼にとっての不運にして不幸はこれで終わりではなかった。
むしろ最悪の凶運がここから始まる事を彼は知らなかった。
「よう」
軽薄で粗野な呼びかけは混乱の戦場にさえやけに通る。
「まあ、随分とあんまりな格好じゃねぇの――猊下サマ」
――さぁ、来た。銀の弾丸がやって来た。
因業とは、最も来てほしくないタイミングを見計らって収束するものらしい。
アレクシスにとっての最悪が、最低のタイミングでここに至る。
それは最古の天使と呼ばれる者。
「チェック・メイトだ。
……ああ、だがちょっと気が早過ぎたかな?」
――主天使ミハイルの襲来であった。
※――『我が裁決、此処に成れり』により、りもこんが消滅・死亡しました――!
※しかし――この攻撃によるレイヴンズの死者は「0」です!

