Long Love Letter 2024


(馬鹿な)
 ――熾天使にとってこの十秒はその長い生の中でも最悪を極めていた。
(馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な――こんな馬鹿げた事が有り得て良い筈が無い!)
 人類如きに苦杯を舐め、主天使如きにその存在レゾンテートルを揺すられる。
 受けた事の無い痛みを噛み、敵に抗い、使
 何れにしてもそれはアレクシスにとって初めての経験であり、筆舌尽くし難く怖気立つ、最低最悪の屈辱に他ならなかった。
(……予想以上に力が出ない。
 これはミハイルの切り札でしょうが、力押しで破る事は難しい……!)
 ギリギリと自身を締め上げる赤い圧力に相対して尚、アレクシスの思考は彼一流の聡明そのものであった。
 間近で目を血走らせるミハイルの様を観察するにこの力が永続するとは考え難かった。
 ならば、少しでも時間を稼ぎ――そのガス欠を待てば筋は見えよう。
 そう結論付けたアレクシスの思考は全くもってとしか言えなかった。
 ただ――

 ――そんな程度じゃ、ほんの微風の問題にもならねェだろうがッ!

 ――アレクシスのはこの鉄火場が最初から何て欲してはいない事だった。

「ぐ、ああああああああああああ――ッ!」
 猛烈に圧搾する赤い爪は空間毎アレクシスの羽を削り取る。
 何ら疑う事無く、何ら遠慮する事無く――熾天を弑逆せんとする強烈なまでの意志の発露はアレクシスの顕現を削ぎ殺す、透明に煮え滾る殺意そのものだった。
 視界の中、獰猛に笑うミハイルの顔が僅かに霞む。その原因が自身の意識が一瞬だけ明滅した事にあると気付いたアレクシスは非常に身を震わせる。
 最悪だ。
 まさか――敗けるとでも言うのか? この私が!
 答えは断じて否である。
 いや、
(……考えろ、思考を進めろ。
 考えればまだ、この私が――アレクシス・アハスヴェールが!
 主天使風情の手管で脅かされる事なぞあってはならない!)
 或る意味でその傲慢さは彼を奮い立たせる力そのものであった。
 最大最悪の危機と屈辱に塗れてもアレクシスはその猛烈な思考を辞めなかった。
 一瞬で百と言わず、千を超える式を導き出す。並列、分割、分析、そして発展。
 この期に及び、アレクシスは己が知力の全てを、技巧の全てを目前の嵐の回避に振り向けていた。それは全知の男の持つ、或る意味で権能以上の究極であり、アーカディア・イレヴン最優とも称されたアレクシスの力の根源でさえある。

 ――だが。

(無い……だと? !?)
 自問自答の返り値にアレクシスは確かに怒った。
 刹那の方程式を無数に解いてもアレクシスは
 それは想像もしなかった結論だ。
 そして同時に想像したくもなかった事実に他ならぬ。
 つまり、彼はそれを――自身の知性を間違いなく信じ得るがこそ、絶対の理論として言い切れる。
 
 元より低下した出力に羽を三枚も失えば、勝ち目等残り得ないという事を。
 
(……馬鹿なッ!)
 侵略する赤に手向かえば限定顕現の核が軋みを上げた。
 己の推論を肯定するように全ての状況が終わりを示しているのは間違いなかった。

 ――だが。
   だが、それでも

 思えば、アレクシスの此度の戦いは酷い不運イレギュラーばかりに満ちていた。
 張り詰めた鋼線の上を素足で行くような戦いは、これまでまるで悪趣味な冗談でも思わせる位に――アレクシスの敵に与するばかりであった。
 だが、それでもその選択には一分の不公平も無い。
 運命の女神は身勝手に、
 つまりは彼女が気まぐれを起こせば――その風向きは如何様にも変化しようというだけの話であった。

 ピ、と異音が漏れた。
 ピシ、ピシ――とそれは伝播し、広がった。

 甲高く耳障りな音をミハイルは聞いた。
 一拍遅れて今まさに刈り取られんとする熾天の宝冠の耳にも届いた。
 

「……何、だと……?」
 乾いた声を上げたミハイルが自身の状況を完全に把握するより、早く。
 
「――――」
 刹那、絶句したミハイルの脳裏を過ぎったのは――

 ――片腕置いてけ!

 短い言葉に異常なまでの執念を見せた久雲 陽子(r2p000019)の妖狐の呪火――紅く咽ぶ赫炎の熱を思い出す。
 更にもう一つ。

 ――ミハイル! アレクシスなど見るな! 私を――私だけを見ろ!

 遠い日より熱烈なラヴレターThe Over Ruinを叩きつけてきた懲りない女カルラの拳の重さを思い出した。
 溜めた力こそ使わずにやり過ごしたが、確かに。
 確かに――あの時、ミハイルは全力全開渾身無比Sランクアセンションを右の爪で
「マジかよ……」
 ミハイルは乾いた自身の声を他人事のように聞いていた。
(クソが……!)
 
 受けた疵は蟻の一穴に過ぎまいが、
 成る程、総嗣朗の言った通り――人生には幸運の二倍の不運があるもので――
「――詰めが甘かったようですね、ミハイル……!」
 是非も無し。最早アレクシスの中にも侮りの顔は無く。
 

 ――権能『悋気魔将の第七刃インヴィディア・スクリプトール』。

 それは用心深いアレクシスが最後に隠し持った懐刀だった。
 元より抜く事等考えてはいなかった最後の保険。
 在るか無いかも余人には決して分からない――暗殺特化、必中の悪意。
 秘中の秘は誰にも知らせず、悟らせぬからこそ意味を持つ。
 アレクシス程の男が異空間後生大事に仕舞い込むこの能力の最大の価値は、使だ。
 即ち使
 今のアレクシスの手管でミハイルを必殺する手段は他には無かった。
 だが、第七刃ならば届く。ミハイルを斃し、アレクシスが勝ち残る――その手段として存立し得た。
「随分と苦労をさせてくれましたが――語る言葉も今はもう益体も無い。
 !」

 ――果たして。
   運命は震える程に物語を試し続けよう。
   皮肉に、数奇に、当然に、理不尽に。冷たく、熱く。

「――――」
 theio Salvación(r2p004633)が信じられないものを見たように目を見開く。
「――ミハイル!!!」
 無意識の内にその名を叫んだステラの大きな瞳の中で、正面から胸を貫かれて崩れ落ちるミハイルの姿が揺れていた。


 ※アレクシスとミハイルの攻防は――!?


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