及第点
他方、マシロ市が――いや、人類がその存亡を賭けた一大決戦に終止符を打った後。
(如何せん、偶発に助けられた余地が大きすぎます。
その点、再現性に問題が無い訳ではありませんが……
少なくとも今回の戦いはそれを含めて実力として良いでしょうね)
苛酷にして凄絶な戦場と無縁に後方で彼等を見送った涼介・マクスウェル(r2n000002)は自ら観測した全てを基に一定の満足を漂わせていた。
千里どころかそれ以上を完全に見通す万の邪眼はマリアテレサ・グレイヴメアリーの天眼に負けず劣らず状況の全てを捉え続けていた。
(しかし、第五熾天使も詰めが甘い。
ああまでして秘密裏に刹那さんを求めておきながら、マリアテレサに露見するような大きなミスをするとは。
……まぁ、流石と言うべき所もありましたけれど。
特に最後の瞬間、彼等の性質に気付いたのは大変見事と言うべきなのでしょうね)
含み笑った涼介の表情にはアレクシスへの軽侮と一定の評価の両方が浮いていた。
涼介の指したのは戦闘終盤でアレクシスが犯したミス――つまり出力違反を指しているが、無論彼は楽園に在るマリアテレサがアレクシスを感知した瞬間を直接観測してはいない。ただ、良くも悪くもマリアテレサへの信頼は揺らいでおらず、同時にそれは完全な正解だった。
「いや、良くやりましたよ。本当に。
普通ならば百度負けていてもおかしくない位の細い細い糸でしたからね」
思わず唇から零れ落ちた独り言は彼には珍しい素直な驚きを示していた。
気まぐれで傲慢なマリアテレサが決戦の顛末に気付いたのは戦いの終盤であったから、要するにこの決戦の全てを完璧に把握していたのはこの男一人きりであった。
故に涼介はこの決戦がどういうものだったかを他の誰よりも知っている。
(可能性の獣とは良く言ったもの。しかし可能性だけの存在では――意味がない。
箱の中の猫は生存していた。つまり、私の目的と彼女の能力を考えるならば。
私の見立ては実に正しく、このテストは成功したという評価になるでしょうね)
ククっと人の悪い笑みを浮かべた涼介はアレクシスの最後の――あの無様な姿に心底から愉悦し、同時にその最高のシーンを――期待するシーンを自身の助力なく達成したレイヴンズに感謝した。
(彼等の仕事に大きな敬意を。
しかし、悪く思わないで頂きたい。契約は互いに誠実だった。
あんな小物は私の興味の外だ。
人類は人類の生存の為に戦ったに過ぎないのだから)
涼介は彼らしからぬ――悼む気持ちに言い訳じみた自身に少しの驚きを禁じ得ない。
支払った犠牲を是とは出来ない。
マシロ市がまた失いたくないものを失ってしまったのは間違いない。
されど、涼介はその支払いが必要で止むを得ないものである事を知っていた――
――つまり。今回のゲイムはまだ続く。
(終わらないのですよ。ええ、むしろ――始まってすらいなかった)
アーカディア・イレヴンの、神の遊戯に興味はない。
涼介の不可能挑戦は全く、それと似て非なるものだ。
しかして、残量の少なくなってきたであろう砂時計と競争をするなら今回は特別なのだからその結果は恐ろしく望ましかった。
己の優秀さを微塵ばかりも疑わない彼はレイヴンズの成し遂げ得る未来の可能性を知っていたがそれは不確定性を帯びないものではない。
唯、今回という嵐を――最初の嵐を乗り切った結果という過程を評価しているのは偽らざる本音と言って良い。
「ふむ……存外に私は喜んでいるようだ」
呟いた涼介は人類への評価を少し持ち上げ、この後を考えた。
第一の嵐を超えられないようならばそれまでとは思っていたが――やはりこれは何度でも賞賛しよう。いや、するべきだ。
如何な不完全なものとはいえ、彼等は熾天使を敗北せしめたのだ。
残滓のような世界で、涼介が辛うじて手を貸して生き延びた可能性達は親の手を借りずにその弑逆を成し遂げたのだ。
嗚呼、これは何と素晴らしい事だろう。
ならば、少し気に入ってきたこの街と彼等に――もう少し本腰を入れても良い頃合かと考えられる。
「……ええ。もう少しお返しをしなければいけませんね」
柄にも無く少し浮いた気分になった自分に苦笑いをした涼介は難しい事を後にして――一先ず疲れた戦士達の労いを考えた。
(……それに、遅かれ早かれ、でしょうし。
私には何となくあの女の次の動きが予見出来る)
予測は予測に過ぎないが、不思議とまるで外れる気はしない。
「必要、か」
ならば。これは始まりに過ぎない。
激動する嵐の時代の第一歩に過ぎないのだし、何より。
強烈過ぎる程に身を削った彼等には少し強めの休養が必要に違いなかったから。
※市長の手配で大規模な祝勝会が開催されるようです。
これら特別なショートシナリオは『テスタメントが普段以上に回復します』ので是非御参加下さい!

