Lost Arcadia V
「フ――ハハハ」
第五熾天使、アレクシス・アハスヴェールは嗤う。
それは最後にして最大の障害たる崩天のミハイルを降したからか?
或いは全ての問題を跳ねのけた筈の己の姿が、あまりに凄惨たるものだったからか?
レイライン砲撃。魂による権能内阻害。薄汚い蛇による毒牙の跡。
その上に重なった、ミハイルの渾身にして鮮烈極まった一撃。
第五熾天使の今の身は――歪なる三枚羽。
大流血の跡も見えよう。三枚羽となった身は痛々しくもある。
更には、権能自体にも障害が生じ、満足には行使出来ぬ程の出力低下……
あぁなんという満身創痍。
絶対秩序を構築せんと邁進する、純白たる神の姿か? これが――?
「ハハハハ、ハハハハハ……」
勝利の笑い声か、自嘲の笑い声か。
第五熾天使アレクシス・アハスヴェールは絶対の存在だった。
その身に大いなる鎖を施しても尚、只人など凌駕する頂に在った。しかし――
「ふざけるな……」
思わず言を吐き捨てる。
神たる余裕、そんなものは今のアレクシスから失われていた。
「なんの冗談ですかこれは。なんの間違いですかこれは……!!」
――だが。
「どいつもこいつも、私を誰だと思っているのです!!」
それでも尚に、第五熾天使の気高すぎるプライドだけは健在であった。
純然の殺意。超越の憤怒が形を成しているが如く、其処に在る。
――まだだ。この身がまだ在るならば、敗北などしていない。
最早、抱えられつつ彼方に消え去ったミハイルはどうでもいい。当初の目的さえ達成できれば全ての帳尻は合うのだから。その後はミハイルは元より奴に与する者達や背信者は、ゆっくりと追い詰め一人残らず粛清してくれよう。
故にあぁ。今は人類だ。
眼前に広がる塵芥の集合体共よ。まだ私の邪魔をするつもりなら……
「その不遜、もう結構。悔い改める必要はありません。鏖にしてさしあげますよ!」
第五熾天使は――貴様ら程度では届きもせぬ。未だ究極に在るのだと知れッ!!
「やれやれ……いい加減聞き飽きましたよ、その口上は。
いい加減やめておくべきですね。『私、アレクシス・アハスヴェールは全知全能ではない』――と自己紹介してるようなものでしょう。声高にね」
だが、そんな第五熾天使の攻勢に対し、白紅が護りに徹さんと動き続けるものだ。
――りもこん。今は散りし、戦友よ。
(どうか安心してください。私達は――)
奴には描けぬ未来へ辿り着いてみせます、と。彼は心中にて祈り捧げよう。
人の意地は、必ず神をも凌駕するから――!
「黙りなさい。私に過ちなどない。私は間違えない。
貴方達は死に、私は勝利する。その結末に変わりはないのです――!」
「人を、ここまでやっても崩せないのに、よくも述べるものです。
――私も護る為に戦います。貴方がどの程度でしかないか、教えてあげますよ」
「ここまできて負けるわけにゃいかねーんすよ!
見てろっす、地面に這いつくばるのはそっちっす!!
いい加減、その大天上からの物言いも――黙らせてやるっすよ!!」
それでもアレクシスは白紅の護りを崩さんと術を振るう。
雷撃一閃。全てを焼かんとする程の勢い……だが、一人ではないのだ。雪音や杏理もまた皆を護らんと往こう。庇い立て命を繋がんと、誰も死なせまいと。
レイヴンズの攻勢は絶えない。いや絶やせば終わるからこそ止まれないのだ。
故に――大紫と名乗り上げ、数多のレイヴンズが一つの意志の下、アレクシスへ攻めあがる。
「アレクシス……! 愛を知らない哀しき貴方に教えてあげる!」
物語は、いつだって高潔なる王子様が悪を倒すと。
未明は告げよう。蹴撃一閃、氷解脚ノ王子様が第五熾天使へと。
「君をね、ぶん殴りたいんだって。
だからその道を紡ぐためにも……ぶった斬るよ、君を」
次いで有宇も斬撃一閃。彼も天冠狙いて踏み込もう。
奴に手が届く様に……その願いを叶える一助となるべく戦うのだ。
「煩わしい……あぁあぁ実に煩わしい! 私を本気で倒せるとでも!?
貴様も貴様も。
パノプティコンから離れられたなら、地平の彼方まで遁走すればよかったものを!」
「――倒す? 勘違いしているわね、アレクシスさん!」
皆が繋いでくれた一時。
菊蝶は告げる。私は勝ちに来たのではない――
「あなたを……超えに来たの」
彼女には夢がある。約束した夢が。
――あなたと同じ夢を見られないのは残念だ。
けれど。だからこそあなたの夢も背負っていく。
――『唯、人のための願い』と共に。
神力を行使する祝福。望みの顕現叶う程の神秘。
だが死は絶対だ。だからどれだけ狂おしく望もうと、例えば愛しき相棒に相まみえるといった事は叶わない――が。
「魂――!」
その手に。彼が宿していた力の片鱗が宿る事はあるかもしれない。
奇跡的な神力に伴う、一時的な異能再現。
額に一本の鬼角すら幻視され、そして。
「これが、私の歩み」
貴方との決別。
「私は――誰もが笑顔になれる国を作る!!」
「――――!!」
アレクシスの傍まで踏み込もう。数多の助けがあれば、今のアレクシスの傍まで至る事は不可能ではなく、その果てに。
彼女は、アレクシスの頬を全力で引っ叩いた。
――甲高い音が響き渡る。その、直後。
「小娘がああああ!!」
直後――アレクシスは激憤と共に菊蝶を拳で叩きのめすものだ。
それは魔術ではない。ただの、五指を塗り固めただけの、殴打。
――殺す。
今、誰に何をしたと思っているのです――?
痛みそのものは左程ではない。これが貴方のやりたかった事か? と。
思わず殺意が先に出た結果か。アレクシスは菊蝶にトドメを刺さんと――
「させぬぞ! ひっ叩かれて怒り狂うとは、実に実に小物よのぉ!
美しき花を手折れるかえ? やれるものならやってみるがよい――!」
「どうだ――人間の拳は、案外堅かったろう?」
「黙れ、三下共がァアアア――ッ!」
した、正にその時。迅速に介入したのは杠葉にイドリスだ。
本気の殺意を感じえた杠葉は小さな花のアミュレットを携えながら庇わんと出でて。イドリスも竜の加護と共に援護する形で立ちはだかる――さればアレクシスの怒りの雷撃が襲来。今までにない程に、身の芯すら焼き焦がすような一打が振るわれよう――! 「はは、ははは。あと一歩、どうやらここが正念場やな!
ケリをつけるとしようや……アーカディアV!
魂やりもこんさんが見せてくれたものがあるんや……
なら! ぼく達はその全てを――繋いでいくべきやろ!!」
「どいつもこいつも! そんなに失われた者が好ましいなら、貴方も死になさい!」
瞬間。アレクシスの不調を察した諒真が往く。恐らく最後の攻め時だと。
だが直後にはアレクシスより《黒い何かの断片》》が振るわれた。
それは、りもこんに託されていた神秘兵器の残骸。
死人を想うならこれで死ね、とでも言っているのか。
(ああ、ったく――!)
自らの身に突き刺さるソレを抜きながら彼は思考を巡らすものだ。
そもそも彼はアレクシスが気に入らなかった。
役に立たないなら必要ない、など。まるで師の事を思い出すようで。
だから勝とう。何が何でも負けたくないから。
されば紡がれるは全霊の一端――!
「今から全部見せたる。あぁ解析できるもんなら――してみぃや!」
「ふざけたことをッ! 貴方など解析する価値も無いッ――!」
アレクシスは叫びながら諒真を捻じ伏せんと力を振るおう。
――だが実際の所、完全解析に関しては余裕が失われていた、というのが実情だ。
九頭龍大神がいた時は奴に大幅なリソースを注いでいたからレイヴンズは比較的無事だった。しかしその後、九頭龍大神による特攻。りもこんが行った命懸けの守護による、無為な消耗。ミハイルの襲撃などが重なり、甚大な損傷は残り続けている。
(おのれ……おのれええええ!)
その結果として、アレクシスも歯噛みする程、権能の出力が落ちているのだ。
全てを統括する『森羅万象の理よ、我が手中たれ』に亀裂が入っているが故に。解析出来ぬわけではないが、相手は選ばなければ自分で自分の負荷を増大させてしまう事だろう。何故だ――どうしてこんな事になっている――
(我が宝冠が……! こんな屈辱が……!!)
「……一つ。どうしてもお尋ねしたい事があります」
と、その時。畳みかけられる攻勢の中、言を紡いだのは沙織だ。
彼女は問う。ヴァルトルーデは血肉になったと察すればこそ、あぁ。
「最後のその時。彼女は――笑っていましたか?」
「――何を!? 笑みの中であったのは覚えていますがねぇ」
「そうですか。いえ、きっとそうでしょうね」
沙織は一瞬だけ目を伏せよう。
ヴァルトルーデの想いが、手に取るように分かる気がするから。
だけどそれも本当に一瞬。直後には決意と共に――
「では私から、貴方への言祝ぎです」
――儚き黄金蝶よ、耀け、天を駆けろ。
紡がれる力は彼女の想い。彼女の全霊。
沙織の翼から舞い上がる、眩い胡蝶の群れが極大の神秘となりて。
絶大な力としてアレクシスを襲おう。
「――おのれ愚人がッ! しかし貴方に関しては事情が違う――!」
これほどの力となれば、今のアレクシスでは片手間に凌げるものではない。
が。沙織や菊蝶、未明といったパノプティコンにいた面々はあの時から少しずつ解析が進んでいた。故、意図的にリソースを注いで解析の手を進めれば、他のレイヴンズよりも比較的容易に完全解析の道へ至る事が出来る。
故に――沙織からの撃を受けつつも――アレクシスは途上にて反撃を成し得る。
雷撃三閃。力を切り裂き、大きく彼女の余力を削り取らん――!
「あぁ全くッ、下らない下らない下らない!
貴方達の総てが! 私を苛立たせる――!」
どこまでも、どこまでも。
第五熾天使は砕けない。なんたる強大さか。
故に、動いたのはシンである。
もう盾は使い物にならないから捨ててきた。杖も折れたから捨てた。
だが――それでも成すべき事を成す為に。
「此処に来たのです……!」
「シン、行くんだな……それなら、俺も行くぜ。封天の一人として……!」
さればその動きを感知し、ユーナが援護せんと続こう。
――あぁ。世界が紅い。
シンはユーナが案じたように己の限界が近い事を分かっている。
それでもと。彼女が紡ぐは全身全霊。
痛みよ、収束せよ。傲慢なりし神に、もう一度――!
「ぉぉおおお――!」
「愚か者ですねぇ……! 私は一度! 既にソレを見ている――!
熾天使に! 超越に! 二度も三度も同じ手が通じるとでも思いましたか!」
だがシンが異能を発動しようとした瞬間、アレクシスによって潰される。超重力の魔術式が彼女の動きを縛るのだ。アレクシスの言う通り見て居なければ通ったかもしれないが――しかし智謀の塊であるアレクシスに既知たる事象は通じぬ。
同時。シンの身が完全解析される。
不遜にも挑みかかって来た愚か者に神罰を降さんと――
「シンッ――!!」
その時。咄嗟に踏み込んだのはJ・Dだ。
彼は叫びながら全霊の防壁を紡ぎあげよう。
これが破られればきっとシンは死ぬ。だから。
「させるか……盾がないのならば、俺が成る……!!
左腕にだって成ろう……!!
もうこれ以上誰一人――誰一人として取りこぼすものか!!」
「笑止ッ! 我が術を受け止めんとするなど愚行の極みだ!!」
「どうかな――お前には分かるまい! この音色の旋律は――!!」
彼が奏でるは独奏。守護の障壁を作り出す異能は……しかし。
今こそ彼の決意に応え四季の領域へと至る。
昇華された守護障壁は皆を護らんと包み込む――が。
「ぬ、ぐ――!」
駄目だ止められない。
幸いにしてアレクシスの権能ではなく魔術の領域であれば堰き止める事は叶ったが。
それでも押し込まれ障壁に亀裂が走る。否、それだけでなく――
「しぶといですねぇ――死になさいッ!!」
あまりの苛立ちにアレクシスは、完全解析の力を彼一人に割り振った。
さすれば、障壁が砕かれる。さすれば、彼の身に雷撃が届いてしまう。
九頭龍大神ですら襤褸にされた解析だ。まずい、これは――
「あ……ぁ……!」
「シン」
ふ、と。J・Dは振り返る。
シン、何も心配するな。大丈夫だ。
「俺が居るなら百人力だ、なんて、はは……もっともっと力を尽くす事が出来ればよかったが。いや……今更か。俺は、大事な時にお前の傍にいてやることが出来なかったのだから」
身が焦がれる。灼熱の来光は生存を決して許さないだろう。
彼の脳裏に思い浮かぶは、今までの生。
あぁ昨日のように思い出せる。赤ん坊であったシンを引き取った日の事。
そして――己はフレッシュであり、シンはヴェテランである事の意味。
お前が生きた世界はどれだけ苦しかった? どれだけ辛かった?
俺が居ることで、なにかが変わったのだろうか?
俺はお前の傍にいて、良かっただろうか?
「如何なる未来でも、受け入れてくれ――なんて我儘だろうかな」
「あ、ぁあ。待っ……ご主人、様ッ!!」
「なぁ、シン」
彼は望む。最後まで力を尽くし、最期のオーケストラを奏でながら。
あぁ。彼は。J・Dはせめて笑おう。
己は……結局、天使の一人を傷つける事さえ叶わなかったが。
「俺は俺であり続けた」
その道筋に、一片の悔いもありはしない。
だから……聞かせてくれ。皆の意地を。皆の――人の魂に根差す、美しき旋律を。
そしてどうか、叶うなら。これからも生きてほしい。
春を過ごし、夏を生き、秋に耽り、冬に眠る。
そんな日々がまた訪れるように……俺は、未来を手繰り寄せよう。
「大丈夫だ。今日は、辛く苦しい日々だったかもしれないが」
明日はきっと、良い日になる。
「だから」
一息。
「――元気でな」
瞬間。咄嗟にシンの伸ばした手はJ・Dに届かず――虚空を掴んだ。
全てが焼き尽くされる。彼の身はもう、この世にその一片も残っていない。
……ジョン・ドゥ。その意は誰でもない男。どこにもいない男。
「あああ、あ――」
それでも。シンにとっては、たった一人の『ご主人様』にして『父親』だった。
慟哭鳴り響く。これは――残酷たる現実。夢ではない。
アレクシスは未だ超常。人など寄せ付けぬ超越者であるのだから。
――だからって、何をしてもいいのか?
「アレクシス、この野郎ォォォオオッ!!」
ユーナは憤激。炎姫の目覚めが力を成し、一撃一閃。
胸中を、まるで燃え盛るように感情が駆け巡っている。
許せない。アレクシス、封天の一人として、こいつだけは――!!
だがその瞬間。霊峰富士の鳴動が尋常非ざる領域へと到達した。
これは――!
「無為・無価値・無駄・無謀でしたねぇ!」
アレクシスも感じた。ソドムゴモラの最高出力が、遂に整ったと。
ならば良し。
多くの不測はあったが、完全なる滅びが顕現すれば全てはひっくり返るのだ。
故に――あぁ死せよ人類!
「さぁこの世全て我が糧となりなさい! ソドムゴモラよ、今こそ真なる終幕を――!」
「いいえッ! まだ、まだよ――ッ!!」
瞬間。アレクシスがソドムゴモラを操作せん、と。
意識をそちらに向けた正にその間隙を逃さず踏み込んだのはウルリーカだ。
彼女の脳裏には数多の者の姿が映る。
シン、J・D、封天の皆。それから、りもこんも……!!
もう一度、戦えると思っていたのに。その機会はもう永遠に訪れない事になった。
なら、せめて涙は見せまい。
己は略奪者。欲張り者に涙は似合わないのであれば。
「何度でも言うわ! 私の神はあなたじゃない!
あなたなんかが――私の神であってたまるかァ!!」
彼女は紡ぐ。絶対の決意によって。
それは彼女の真髄。彼女の信仰の結晶。
名を――『スヴィズリルの必滅槍』
巨大な槍が顕現する。ソレが宿しているのは、『必ず標的の急所に直撃する』必中異能だ。不屈の信仰が導き出した輝かしき光もあらば――
それは。神を討つ槍として、軌跡を描く。
「偽りの神を、貫けェ――ッ!!」
絶叫染みた渾身の一撃。
超速に射出された槍は宙に軌跡を描こう。音が一瞬遅れて聞こえれば、正に超速。
否、この刹那は神速と呼べる領域に至っていたかもしれない――!
「面倒な! しかし私にそんなモノ――がッ……ぐッ!?」
さすれば第五熾天使はすぐさま迎撃の為の力を形成せんとした、が。
……動かない、いや動けない?
身体が、権能が、言う事を聞かぬ。力が。出力が足りない。
権能を紡ぎ出すのが間に合わない!
馬鹿な。何故――!!
「……まさ、か!!」
理由は単純明快。負荷の限界点がやってきたのだ。
数多のレイヴンズの臆さぬ攻勢が実を結んだ。特に、先の沙織の全てが込められた渾身の一撃は直接命に届いた訳ではなかった、が。アレクシスに広がっていた神秘の亀裂を更に抉じ開け。
更に菊蝶の一打が此処で響いてくる。
アレは、直接的な痛み自体はほぼ無いと言えたが……実際は可能性を生み出し、引き寄せんとする力が宿っており、その欠片がアレクシスの身中に一打と共に埋め込まれていたのである。そして――希望の欠片が、正にこの一瞬に芽吹いた。
必滅必中の槍。文字通りその概念を成さんとする邪魔を、させぬのだ。
アレクシスに余力があれば、千の権能を用いて巧みに凌いだだろう。
或いは力押しで、強引に捻り潰す事も出来ていただろう。
第五熾天使とはそれほどの理不尽すら容易く成し得る存在だった。
(馬鹿、な。こ、こんな……こんな事が……ッ!?)
だが――レイラインによる極大神秘の直撃。
魂による権能内からの反撃。
ターリルの乱心と不要な第三権能行使。及び、りもこんによる命懸けの阻害。
九頭龍大神による蛇の牙痕。
ミハイルによる本来、絶死だった爪撃。
そして何より。レイヴンズの死力と総力が第五熾天使に宿る総てのリソースを奪った!
完全解析も間に合わない。先程シンを、J・Dを。抹殺せんとする為に注いだのだ。
初めからウルリーカを看破していたならまだしも、輝かんばかりに力を尽くしていた――彼らの方を見てしまっていた!
神速の勢いたる槍の方が今やどう足掻いても絶対的に早い!
(いいやあり得ない――こんな事、あり得るものですか!!)
……瞬間。やはり、事ここに至ってもアレクシス・アハスヴェールはまごう事無き叡智の塊であった。だからこそ実に、実に残酷な事に再度、計測してしまう。
ミハイルの死力を受けた時と同様の袋小路の終焉を、もう一度見てしまったのだ!
あの時はミハイル自身も気付いていなかった僅かな亀裂が幸運にも状況を転じさせた、が。次は無い。微かな可能性すら、どこにも見当たらない。身勝手たる運命の女神は自身の影すら踏ませないつもりだ。
……あぁ、いや? 自らを唯一の神などと称するアレクシスの窮地に味方する女など、初めからどこにもいなかったのかもしれない。或いは全て自分で切り捨ててしまっていた、か。
(ありえない)
再試行。再試行。再試行。再試行。再試行――
神速の勢いで演算をやり直しても未来は変わらない。
この槍を躱す事は出来ない。必中の槍を相殺し得る手札もない。最後の切り札たる『悋気魔将の第七刃』はミハイルに使ってしまった。最早手元には何もない!! この槍は真実、必滅足りえてしまう!
……いや。実の所、一つだけ回避の手段はあるのだが。
しかしそれは実質的な敗北行為に等しいものだ。
つまり――限定顕現を今すぐ解除し、攻略世界に帰還すれば――
(ありえない、ありえない――ふざけるなッ!!)
だが許さない。赦せない。第五熾天使としてのプライドが! そんな事は決して赦せないッ!
おのれッなんだこれは?
何が起こっている?
まさか。
負けるというのか――人間に?
こんな、無知蒙昧たる人間共に!?
「ぬ、ぅ、ぅぅッ、ぐうううううううう――ッ!」
アレクシスの心中の色は遂に驚愕を超え、狼狽の領域に至る。
どこまでも繰り返される反撃再試行。無駄であると分かっているはずなのに可能性を手繰らんとするその姿は、まるで、思考による断末魔。
直後。響く声色に虚飾の類は一切無く。喉の奥底から絞り出されたのは。
「馬、鹿な――ァッ!! 認めないッ、認められるものか!」
第五熾天使とってのただただ純然たる真実。
「私こそが神なのだ……! こんな――こんな結末など、私は、ァアアアアッ!!」
どれだけ否定しても逃れられない終幕が、其処に在ったのだ。
アレクシスの、恐らく生涯初の絶叫。と、同時。
超速の軌跡が遂に第五熾天使を貫いた。
その傷は今までと異なる。甚大な損壊。胸に空いた虚空から、何もかもが零れる。
――限定顕現の別け身を維持できない。
確かなる痛打は通せば。その体には――まるで砕け散る硝子のような亀裂が走りて――
直後。極大の神秘がまるで霧散するが如く、いずこかへと消え失せる。
「おい、アレって……!」
「ぁ……ぁあ……!」
戦場の片隅。パールコーストに属する、レオパル直下の部隊が確かに見た。
されば即座に無線にて情報が突き走る。全ての戦場、そしてこの戦いに参加した全ての者へ。
……第五熾天使は限定顕現という身だ。はたして命に真に届いたかは分からないが――
しかしK.Y.R.I.E.の本部は観測する。見逃せない、たった一つの事実を。
それは。
「だ……第五熾天使、アレクシス・アハスヴェールの反応が……消失……
繰り返します! 消失しましたッ!! 神秘反応、消失!!
霊峰富士の鳴動も穏健反応を見せています――!!
最重要目標、第五熾天使、撃破確認ッ!!
――Operation『Lost Arcadia V』、成功!! 成功です――!!」
K.Y.R.I.E.本部が、沸く。泣き喚くような大歓声が響き渡った。
……熾天使撃破。
それは滅びの瀬戸際まで追い詰められ、しかし人類がこの29年、狂おしいまでに求めた戦果だ。
第五熾天使は鎖を纏っていたようなものだ。真実、全盛の熾天使を人類が真正面から打倒しえた訳ではない。事前に用意した訳ではない奇跡的に『紡がれ』『繋がった』『要因』が、多々以上に影響があったろう。それほどの超常であった。
だがこれは決して間違いでも、虚報でもない。あぁ胸を張ろう。
人類は勝利したのだ。
史上かつてない最終生存圏の危機を、跳ねのけたのだ。
熾天使を振り払い明日に繋がる未来を今確かに――自分達の手に掴み取ったのである!
※第五熾天使アレクシス・アハスヴェールを――撃破しました!!
※第五熾天使迎撃作戦――Operation『Lost Arcadia V』が完遂されました!!
※――人類の勝利です!!

