エレメンタル・オーシャン
海は人を突き動かすという。広大で終点なき果てへと、旅人は思い焦がれて漕ぎ出でるのだ。
そんな風に誰ぞが言った。吹く風は強く旅人の背を押すのだろう。
何もかもを受け入れる大らかな青き海。何もかもを飲み食らう恐ろしき黒き海。
海はいつだってその表情を変え、在り方を変え、人々を魅了し続ける――
その言葉を耳にしながら真月里(r2n000190)は「素敵ですね」とそう微笑んだ。
ここは光の領域と呼ばれる旧房総半島の存在していた場所だ。
夏、能力者たちは小さな航海へと出た。途方もない旅ではない。ちょっとした海洋訓練のようなものであろう。
2052年に確保され、2053年春に開校した横須賀キャンパスは海洋訓練や、近隣調査といった実地訓練を行っていた。
その一環で能力者達は海へと漕ぎ出でたのである。
横須賀キャンパスより目視出来る距離であったその半島は海の底へと沈み、精霊による安全地帯の形成がなされていることが判明し、その主たる月光鯨――真月里との親交を温めるに至ったのだ。
「人は未知を追い求めるのでしょうね。その心に触れるたびに、あたしも嬉しくなります。
あなたたちと出会い、関わることで精霊達はこの地で生を受け、生を謳歌していることを実感するのですもの」
「それは良い事だ。君という協力者を得られたことも横須賀にとってはまたとない幸運だった。
何せ月光鯨……いいや、我々の言葉で申し訳ないが超常指定:甲級と指定されたハーヴグーヴァと交友を温められるとは」
「元とつけてください。今のあたしに最盛の力はないのです。それに……同じ超常指定だとしてもあれとあたしでは力量差がある」
九相寺・大志(r2n000122)は緩やかに頷いた。眼前に存在する彼女はクラーケンと呼ばれた化け物に対して確かなる恐怖心を抱いているだろう。
当たり前だ。大志とてそうなのだから。男は「特務艦隊」の司令官であり、かの化け物と相対したことがある。
男だけではない。かの化け物は様々な因縁を胸に秘めているだろう。例えば、パールコースト横須賀基地の司令の席に座り対抗兵器の開発に動く浪花 アルネ(r2n000145)などもその一人だ。
「それでも、だ。あの化け物に銃口を向けるのであれば弾は多い方がいい。
それに君の協力がなければあの実験にも漕ぎつくことが出来なかったとKPAも感謝をしていたとも」
「精霊機関ですか。あれの実戦登用が行われていると聞きました。
どうですか? 精霊力は無事に役に立っていますか? あたしも頑張って協力したのですけれど」
どこかいたずらっ子のような笑みを浮かべた彼女を見やってから大志はおとがいへと指先をやった。
「ああ、もちろん。少々の悪戯も見受けられたがね?」
「ふふ。今だけです。もうすぐ……嵐がやってきます。囂々と音立てる海はあたしたちを決して逃してはくれません。
あれは執念深いですから。楽しんで笑っていられる時間だってきっとすぐに過ぎ去ってしまいます。
だから……楽しいときは楽しいと笑っていたいです。あたしにその陽の気を教えてくれたのは皆さんですから」
彼女はきっと、覚悟をしているのだ。
大志とてそうだ。何も、目を逸らしているのではない。生を謳歌するために必要なものが何であるかを知っているだけなのだから。
「……ああ、そうだな。もうすぐ準備は整うだろう」
第五熾天使撃破の一報を受けてから益々と横須賀では防衛準備が進められている。
かの熾天使が霊脈のハッキングを行った際に意図せずにも触れたのが海の底で眠るクラーケンであったのだから。
クラーケンの活動が察知されてから、横須賀はすぐに防衛対策を講じた。海洋軍事兵器アイギスの利用訓練をはじめ、クラーケンの存在する危険海域への調査、そして神霊である真月里が持ち得る力の増強計画だ。
その一環が精霊機関の利用である。その実験への協力者募集が今現在は横須賀キャンパスでも行われていただろう。
「あの、司令官。……クラーケンは、いつ本当に目を覚ますと思いますか。
ねぼすけがそのまま二度寝をするだなんて思っていません。あれは、もう、うっかりと目覚めかけています」
「危険海域周辺調査を行っている者たちが天使たちの姿を見たという。
強力な勢力を率いたトレサリス、旧房総半島でも遭遇したイェラキたちだ。ファルマチュール(r2p003494)という天使の存在も気になる。
ああ。理解はできるとも。そうした横入りがないとは思ってもいなかった。
我々が打倒するべき化け物だと感じるように、天使たちにとっては十分な利用価値のある生物兵器の位置づけなのだろう」
「……あれを御する、と……?」
「その可能性は十分に」
真月里は視線をうろつかせてから、深く息を吐きだした。まっすぐに大志を見てから「戦わないという道がないのは、悲しい事です」とそう囁いた。
恐ろしい。あの日、あの時、目の前にいた化け物はおのれのすべてを喰らい尽くすつもりであっただろうから。
何時だって思い出す。眼前に迫る戦慄に、わだつみのおおらかさが一瞬にしてそのかんばせを歪めたことだって。
「……嘗て、あたしはあれと戦いました。その強さは十分に理解しています。
そのための準備はしなくちゃいけませんね。実験を続けましょう。できる努力は惜しみません!
だって、あたしにとって人間はもう大事な、大事な友達になったんですから」
※クエスト「ウェルカム・ペーシェント・ホリデイ!」と「わくわく精霊力実験!」が公開されました

