せめて今夜は凪いでいて
クリスマス。
刻陽学園横須賀キャンパスも聖夜にすっかり浮かされて、はしゃいだ生徒がキャンパス中に雪だるまを作っているし、どこもかしこも電飾でデッコデコに飾られて、極めつけは『ぼくのかんがえたさいきょうのクリスマスツリー』があっちこっちに林立している……そんなある種の自由さこそ、横キャンらしいのかもしれないが。
「横須賀キャンパスの初めてのクリスマスだ。
皆とこの日を迎えられたことを心から嬉しく思う」
大海食堂も今日はクリスマス仕様に飾られて。キャンパス長の九相寺・大志(r2n000122)がシャンパングラスを掲げれば、食堂に集った一同も銘々のグラスを掲げた。その全ての目線が、大志に集まっている。
横須賀奪還を乗り越えて。第五熾天使戦を乗り越えて。――何度も荒波を乗り越えてみせた、そんな一同のかんばせを、笑顔を、この瞬間を、大志は心に刻もう。空気があたたかいのは、ただ暖房が効いているから、だなんて野暮には苦笑を向けよう。
「――メリークリスマス。乾杯!」
乾杯!
声が揃う。グラスが交わされる澄んだ音は、まるでジングルベル。
今日は特別な一日。机の配置もビュッフェスタイルの立食パーティで、横キャンらしいお祝いが始まった。
「いやークリスマスまで仕事仕事だったらどうしようかと」
こういう息抜きはいいですね、と教員ビオウ(r2p000231)は白ワインをわんこそばもかくやと呷る。アガルタで作られた、合成ではない本物のワインだ。
「トラブルなく調査任務が終わってよかった、本当に」
その傍らには生徒アシュリー・ツヴァイク(r2p000416)が、本物の白身魚によるカルパッチョを頬張っていた。新鮮な海の恵みの旨味が口にじゅわっと広がる――こうやって本物の魚を食べられるのも横須賀キャンパスならではだろう。
「熾天使を撃破した直後にやらかすなんて……縁起でもないしな」
生徒の小机 柊志(r2p001082)もグラスを片手に、ふっと小さく笑った。いつもより表情が緩やかなのは、きっとクリスマスの魔法だろう。
三人はつい先日、とある調査任務に赴いたメンバーである。
調査先はかつて房総半島があった海域。改めて周辺を調査したところ、かの地の霊脈の力が乱れていることが判明した。
月の神霊・真月里(r2n000190)の証言とも照らし合わせると、レイラインという神秘の力場を食い荒らしたのはクラーケンで間違いない――そしてそのことが、約20年近く前に地盤の崩壊という『房総半島沈没』の悲劇を生んだわけだ。
かの大怪物はその後、長い休眠に入ったようだが……それが第五熾天使のレイライン・ハックによって目覚めるとは、いったい誰が想像できた悪夢だろうか。
「クラーケンがレイラインの要所を襲ったせいで房総半島が沈没した……
いやはや大地すら喰らうなんて、まさに生きた災害ですねえ」
スパークリングワインの淑やかな金色を見下ろし、ビオウはやや大仰に肩を竦めた。
「よくもまあ仕事を増やしてくれたものです、あの自称神とやら。
それにクラーケンの責任も取らずに退場なされるとは面の皮が激厚で恐れ入りますよ。
アレが天使流のメリクリなんですかね? 天国にいる彼のパパとママもさぞ誇らしいでしょうね」
その舌先がゲイボルグよりも鋭いのは、酒気帯びゆえか素なのか。
「……心配だな。だって神秘の力を喰らうってなら、目覚たら真っ先に狙うのは光の領域だろ?」
「邪精霊……シーゴーントだったか。それの襲撃事件もあったばかりだし、な……」
アシュリーの懸念に、柊志も少し目を伏せた。もしここに真月里がいたら、「あたしのことはそんなに心配しないで、こう見えて強いんですから」と苦笑でもしただろうか。
「プラスアルファ、妙ちくりんな天使共の噂もありますしね」
まあ天使もクラーケンも邪精霊も等しくぶん殴る対象ですが、とビオウはグラスに口をつけた。
「まあほら、クリスマスですし。明るい話しましょうよ。
聞きました? キャンパのミサイル駆逐艦が対クラーケン戦に向けて近代化改修中って話」
「駆逐艦ラファエル・ペラルタか」
「そうそう――って、これはこれはコマンダー」
メリークリスマスです、とビオウが振り返る先には大志が居る。コマンダーは笑顔で「先日は調査任務ご苦労」と三人を労った。
「まさか軍艦が、再びこの海に出られることになるとは、ね……」
コストやリソース、神聖領域の特性等々の理由で、現代の戦いから戦闘機や軍艦が姿を消して久しい。キャンプ・パールコーストには他に駆逐艦ミリアス、護衛艦いずもが存在しているが……あの大破局を乗り越えられた艦は、駆逐艦ラファエルを含めてたったこの三つだけ。
「正直――もう二度と、日の目を見ることすらないのかもと思っていたよ。ここだけの話、だけれどもね」
海の男として。かつてはそういった艦に乗っていた者の一人として。大志は、ラファエルが皆と共に戦えることが心から嬉しくて、誇らしくて。
だからだろう。今日はなんだか、いつもより酒精に絆されてしまうのは。
「あまり楽観するのも、コマンダーとしては良くはないのだけれども。
……君達となら、どんな波濤も乗り越えられる。そんな予感が、するんだよ」
目を閉じれば今でも、瞼の裏に惨劇が焼き付いている。
地獄の撤退戦。その海路での、クラーケンとの遭遇。数々の天使を相手に生き延びてきたはずの米軍・自衛隊の連合軍が、かの米軍の第七艦隊が、――蹂躙されただなんて。
巨大すぎる触腕に薙ぎ払われた艦が宙を舞って、そこから人体が飛び散っていく光景は、……今も悪夢となって何度も蘇る。
宿敵だ。決して生かしてはおけない怨敵だ。それは大志にとってもそうであり、……多くのキャンプ・パールコーストの兵にとってもそうだろう。
だからこそ――今度こそ――乗り越えてみせるのだ。
ただ、無為に生き残ったのではない。繋げ、続き、紡がれて、ここに居るのだから。
「――、」
しみじみと、どこか熱を帯びた表情のキャンパス長に、三人は顔を見合わせて。
「少し、風でも浴びませんか? ちょっと飲みすぎてしまって……お付き合いいただければ」
嘘だ。緊急で船を出す事態が起きるかもしれないから、と柊志はシャンパン風ノンアルコールジュースを飲んだのだから。
「じゃあ俺も!」とアシュリーが笑い、「私もヤニでもキメますかね」とビオウも口角を悪戯っぽくつった。だから大志も、「そうだね」と相好を崩した。
せめて今夜だけは凪いでいて。
我儘が叶うのなら年末も年始も、……とは、流石のサンタも匙を投げるだろうか。
※マシロ市に謎の美少女メアリーが訪れたようです……
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