狂濤礼讃


「クラーケンは私のものよ。諦めて」
「海の意志は誰にも止められぬ。諦めよ」

 轟々。
 それは和やかという言葉とは程遠く。
 暗澹とうねり唸る嵐の海は、睨み合う二人の心象風景か。
 聖夜の終わり、嵐が人の侵入を拒む東京近海にて。通賢黙娘(r2p003175)とファルマチュール(r2p003494)――神霊と天使という本来交わらぬ者達が、クラーケンという災害を起点として向かい合っていた。
 ラベルとしては『話し合い』である。なれども
 甘い角砂糖など飛び道具にしか思わないだろうし、湯気をたてる紅茶があれば即座に相手の顔面にぶっかけるだろう。
 通賢黙娘とファルマチュールとは、その程度には間柄だ。

 ――然もありなん。

「このままではが死んでしまう」と嘆く通賢黙娘。
「これこそが理想の海」と狂喜するファルマチュール。
 その道程こそ人類へ刃を向けることかもしれないが、果ては全く、致命的に違った。

 かくてお揃いの青筋をたてた彼我間では波紋が震え、渦が生まれ勢いを増していく。
 船ですら飲み込もうかという激しさは、互いの殺気と撒き散らす力の大きさ規模を物語る。
 一触即発――しかし、「ふう」と槍を握る手から力を抜いたのはファルマチュールであった。
「……よもやではあるが、こんな水掛け論をしにきたわけではあるまい」
 互いに隙あらば殺してやろうと思う仲ではあるが、だからこそ出来るだけ会わないようにしてきた。互いの力を知っていればこそ、ぶつかりあえば掠り傷では済まないだろう。
 が、通賢黙娘彼女は来た。なればそこに理由があるはず。風巻しまく不快感は、彼女ので一先ず取り下げてやろう。
 であれば通賢黙娘もまた殺気を収めた。先に槍を下げたことを、神霊への敬意として受け取ってやろう。
 一間。凪いだその間隙に、乙女の姿をした神は玲瓏たる声で告げた。
「協力しない?」
「長生きが過ぎて呆けたか?」
「羽が生えても脳の作りは据え置きなのね」
「この海を否とするキサマの審美眼の感想など……」

 

 こんなにも通賢黙娘とファルマチュールに似合わない言葉があるだろうか!
 クラーケンを支配しようとする者、クラーケンを崇める者。
 今の海を否定する者、今の海を肯定する者。
 その致命的な差が埋まることなど人間が三度滅びてもありそうにないというのにだ!
 しかし、通賢黙娘はそれが出来ると。落としどころがあると確信して此処に来た。
 それが何なのかファルマチュールは気になるし……「交渉される側の余裕」を見せていた。
「……クラーケンを狙う者がいるわ」
「ほう! 斯様な愚か者がキサマの他にもいるとは!」
「私も驚きよ。まあ、貴方の御同類の羽が生えているようだけど」
「ふむ?」
 ファルマチュールは記憶を探り……、と思い出す。
『蒼きオルニエール』のトレサリスと……ペルチスカ島に引きこもっている海の魔女イェラキだったか。それほど大層な望みを抱いていたとはな」
「光の結界に仕掛けた意図に気付いたみたいよ。中々頭が回るみたいね」
「つまりキサマが余計なことをしたせいではないか」
 流石にそれについては反論できず、通賢黙娘は舌打ちするが……すぐに強気な表情に戻る。
「クラーケンが目覚めた以上、いつかは起こり得たことよ。あの力を座視する者はそう多くないわ」
「愚か者の多さにはあきれ果てるな……」
「あら。貴方だってその一人でしょうに」
 乙女の形をした神霊は、クラーケンの覚醒に惹かれて現れたファルマチュールを視線で縫い留める。男は鼻を鳴らした。
「で? 吾に何を望みに来た」
「利用してやりましょ。連中も光の領域に行くはずよ。を抱いてね」
「……悪くはない。だが、それではどうする。山分けするとでも?」
「勝者総取り。当然、その参加選手は」
「吾か、キサマか……か」
「ええ。そいつらには精々頑張ってもらいましょ?」
 どうせ、どいつもこいつも死んでもらう。目の前のこいつもそう。
 死んで死んで沈んで沈んでしまえばいい。
 房総半島が在った方角を見つめ、薄暗い笑い声が響く。
 薄暗いものたちが、を決めている。
 海を、黒い陰の気が染めていく。
 飲み干せ、食い尽くせ。世界の最後に浮かぶのは、


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