唸る海鳴り、嗤う揺蕩い
ざざ、ん。
ざざ、ん。
寄せては返す波を見る。
こんなことをしていても、わだつみに散った命が帰ってくるわけもないのに。
(アルちゃん、……)
キャンプ・パールコースト横須賀基地司令。新時代の指揮官。終末に生まれ終末を生き延びた烈女。――そんな肩書きを知らねば、波打ち際に佇む浪花アルネ(r2n000145)は本当にただの少女のようだと……護衛を務めるキャンプ・パールコースト軍人、フレデリカ・アンダーソン(r2p002829)は思った。
つい先日のことである。かの大怪物クラーケンは自立捕食器官たる分体を造りだし、レイヴンズへと襲いかかってきたのだが――その姿は水底の残留思念を吸い上げ、この上なく不躾にもかつて戦死したアルネの母親の姿を模したのだ!
毅然としているがアルネの胸中や如何に。察するに余りある――なれど友としてのフレデリカの顔は、専用端末のメッセージを確認すればすぐ軍人然へと切り替わった。
「アルネ司令。コマンダー九相寺からです」
「繋げてくれ」
了解と頷いたフレデリカが端末を操作すれば、ホログラム映像で九相寺・大志(r2n000122)が現れた。ピ、とアルネ達は特務隊司令へ敬礼を。そうすれば大志も海軍式のそれを返した。
「アルネ君、十重波結晶回収は上手くいったようだね」
「流石コマンダー、耳がお早い。
レイヴンズの皆のおかげです。セイヴィーアくん(r2p002088)達が掘削機を護ってくれたことや、ゼクスくん(r2p000202)の異能で掘削機が加速したことが有利に進みました。
計画通り、駆逐艦ラファエル・ペラルタの近代化改修は現在急ピッチで進行中です。
……改めて十重波結晶回収の許可をくれた真月里(r2n000190)氏には感謝しませんとね」
十重波結晶――それは神霊・真月里の友垣である精霊が、クラーケンとの死闘の果てに戦死し、その骸が長い年月をかけて神秘結晶化したものである。
それはまるで……「もう一度あの海の上へ」「今度こそクラーケンに勝ちたい」と、無念に散った十重波の魂が人類の想いに呼応したかのようで。
「……『こちらこそ』、と彼女は言っていたよ」
大志は神霊からの伝言を口にした。その柔らかな物言いにアルネは微笑で応え、彼のホロ映像の背景映像に着目した。
「それで、――あなたがそこに居られるということは、援軍の必要はなさそうですね」
十重波結晶回収任務と時を同じくして、光の領域は『シーゴーント』なる邪悪の侵略を受けていたのだ。なんでも、クラーケンの欲望と邪精霊が結びついた存在のようで……。
「悠月君(r2p000299)たちの尽力のお陰で、なんとかなったよ。
――しかし、」
コマンダーはどこか睨むように水平線を見据えた。
「超常指定:甲級の分体の発生に、かの大怪物の欲望と結びついた邪精霊の出現、……砂時計の粒は刻一刻と落ちているようだね。
それにどうもきな臭いのは……」
「あの妙な天使連中」
天使イェラキ、天使トレサリス。
情報によるとクラーケンを利用し人類圏を水没させんとしているようで、その目的の為に元は別派閥だった彼女らは同盟を結んだようだ。
如何に天使といえど――熾天使ならばいざ知らず――あれを御せるのか甚だ疑問だが、もしそうなってしまえば悪夢も悪夢であることは明白で。
「久遠くん(r2p000480)、アリシアくん(r2p004183)が上手く連中の被害を抑えてくれてよかった。だが……」
チッ。アルネは羽根つき共の暗躍に舌打ちを隠さない。
「ただでさえあのクソ怪物だけで忙しいってのに……それで、どうしますコマンダー。クラーケンが起ききる前にこちらも打って出ますか」
「それならグッドタイミングだ。……いや、決して状況はグッドではないのだがね」
大志が端末を操作すれば、新たに蒼凪 セラノ(r2p006628)のホロ映像が通話に加わった。特務部隊POSEIDON――キャンプ・パールコーストとK.Y.R.I.E.の協力で作られた部隊であり、横須賀を起点とした『海』方面への任務に従事する部隊――の一員であるセラノは、『司令官』へ緊迫の面持ちで偵察結果を報告した。
「コマンダーさん、エマージェンシーです。天使達が動き出しました! 天使イェラキとトレサリスの勢力です!」
「狙いは光の領域か?」
「はい、何体もの天使が侵攻を始めてます……凄い数です!
――あ、ちょっと待って、レーダーに新しい反応……これは、例のシーゴーントと……アザーズ?」
映像送ります、と表示されたのは海を歩む可憐な乙女(r2p003175)であった。その微笑みは凪の海のように穏やかで、美しく――しかしその目は海底にように昏く、容赦がなく。
彼女は――シーゴーントを率いている。統率されたその進軍が向かっている先は……光の領域で。
これは一体、と思考を巡らせる余裕が生まれるよりも早く。
「こちらジーン先遣部隊! 現在、クラーケン分体――『シェーヴェ』と交戦中!」
新たな報告映像がポップする。ジーン・シアラー(r2p005912)のホロ映像にノイズが走っているのは、彼が乗っている船が大きく揺れているからだろう。「俺は広報担当じゃないのか」とノイズの向こうで呟きが聞こえたが、それはすぐ凛とした声に戻った。
「更に新たな天使を観測! 識別名ファルマチュール(r2p003494)が、シェーヴェに随行して光の領域に向かってる!」
「随行だと?」
「頭がイカれてる。あいつら、クラーケンに万歳三唱だ!」
ここにきてクラーケンを己の利が為に利用する勢力でなく、完全にクラーケンに与する天使勢力まで出てくるとは。ジーンの顰められた視線の先、槍を掲げるファルマチュールが「我らは海と共に在り!」と声を轟かせる。
「兎角、詳細な報告は生きて帰ってからで。――みんな、船に掴まれ! 離脱するぞ!」
ジーンは船員達に声を張ると、手早くKPA-WS-53 アルゴーの緊急ロックを解除し、水流ジェットエンジンシステム起動する――物凄い加速と衝撃の影響で、ホロ通話がぷつりと途絶えた。
「――さて」
アルネは小さく顎をもたげ、不敵に笑った。
「派手な喧嘩になりそうですね?」
「ああ」
ぱし、と大志は拳を掌に打ち据える。
「このタイミングで光の領域を狙うのは――クラーケンの誘導を目論んでいるのだろう。
光の領域はそれだけで強力な神秘の力場だ。それを取り込めば、あの怪物を御せる可能性がある。トレサリスとイェラキ、シーゴーント達の目的はそれだろう」
尤も、ファルマチュールとシェーヴェに関しては、シンプルに力を取り込みクラーケンの覚醒と強化を狙っているのだろうが。
「羽根つき共プラスアルファめ。自分達じゃできないからってクラーケンをけしかけようって魂胆ですか。で、うちらを房総半島の二の舞にしたい、と。クソ雑魚共が……」
米兵に言葉をならったアルネは想像以上に口が悪い。これでもセーブしている方である。
「ですが、光の領域には結界があるのでは?」
問いかけるのはフレデリカだ。それに答えたのは――
「彼らの狙いは『浄化霊珠』でしょう」
白砂を踏み、現れた真月里。
「この島の結界の要石のようなものです。もし……その多くが破壊されてしまえば、あたしとこの領域はかなりの衰弱を強いられることになります。
そうなってしまったら、あなたたちのお役に立てない」
クラーケンとの決戦に向けて。
光の領域を畳み、横須賀へ移送する作戦が進みつつあった。
万全の迎撃態勢を整えた横須賀にて、かの大怪物を討つ――今起きている事態は、その計画の根幹を揺るがす事態であった。
「――なら、やることは一つですね」
「ああ。浄化霊珠の防衛が急務だね」
アルネと大志は頷き合う。
「どんな荒波が、どれだけ押し寄せて来ようとも。
――我々は、越えてみせるまでだ」
「ええ。今度こそ」
多くの脅威が真月里へ迫り来る中、月の神霊はどこまでも凛として前を向いていた。
「クラーケンに……あの狂濤に勝つ為ならば。
あたしはなんだって捧げてみせるつもりですよ」
大切な人達が。彼らの住む最愛の場所が。大事な思い出の場所が。また海の底に沈むなんて。――二度目はもう、耐えられない。
だから。天使になんて、邪魔させない。
顔を上げた。
海が唸る。波が嗤う。
――嵐が、来る。

