ナハトムジーク
――生きて帰ることに勝る戦果などない。
浪花アルネ(r2n000145)は物心ついた頃からそう思う。
それはきっと、両親となんにも思い出を作れなかった虚しさや悲しさがはじまりなんだろう。そして大破局の只中に生まれた自分が、両親を含めたどれだけ多くの命によって生かされたかを知っているから――。
「……ふう」
万年筆を置いて、アルネは上を向いて首を伸ばした。寝室の机の上にはたくさんの便箋が重ねられている――それは戦死を遂げた横須賀基地キャンプ・パールコースト軍人の遺族へ向けた手紙であった。彼らがどんなに勇敢だったか。どんなに人類の為に戦い抜いてくれたか。その感謝と敬意と……そして、彼らを護りきれなかったことを詫びる言葉が、綴られていた。
あらゆる文書が電子であることが当たり前の2054年において、敢えて紙とインクであることはそれだけで大きな意味を含む。椅子の背もたれにもたれたまま、アルネはぼうっと天井を見上げていた。
ひとり、ひとり――もう二度と帰らない兵士らのかんばせを思い返す。
犠牲がゼロの戦争なんかない。それは司令という立場である以上、分かりきっている。それでも……そうであるからこそ、一人でも多く生きていてほしいと、願うことをやめられない。
そう願う相手はキャンプ・パールコースト軍人だけではない。K.Y.R.I.E.の能力者だってそうだ。そして……
(……真月里さん)
彼女(r2n000190)のことを、どうしても想ってしまう。
『こう言ってしまうと、神様らしくないと言われてしまうかもしれないのですけれど』
『あたしは、もうちょっとこの世界を見守っていきたいんです。だから此処では絶対に死ねません』
『わあ! 学園生活! あたし、そういうの……すっごく憧れてたんです! 青春! 爆発! どっかーん!』
――未来へ進むために、努めて笑っていた彼女。
人間を心配させまいと、小さな嘘すらついてみせた彼女。
自分が死んでも人間を守ろうとしている優しい神様。
「なーんにも言えなかったなぁ……」
アルネは自分だけの部屋で独り言つ。
本当なら。真に自分のドグマに従うのなら。あの時に「死ぬな絶対に生きろ」と横っ面でもひっぱたいてやるべきだったろうに。
――何もできなかった。
それほどまで……真月里の覚悟は厳然として。不可侵で。――神聖で。優しすぎて。
(生きて帰ってこそだ……でも、それでも尚と命を懸けようとするあの優しさを……私は……)
否定できない。
かといって死んで欲しくもない。生きていて欲しい。でも、止められない。
「くそ……」
悔しさとか、ままならなさとか。複雑な感情がアルネの内に渦巻く。
こんな気持ちのままでは遺族への手紙も真摯に書けない。テーブルライトを消して、溜息と共に立ちあがる。窓辺へ――カーテンを開ければ、夜の海が見えた。
しばし、ぼうっと。アルネは黒い海を眺め続けて。
気が付いたら、音声操作で端末から通話をかけていた。
「――フリッカ(r2p002829)? なにしてるのー。また飲んでるの? あはは……うん、ほどほどにしなよ。今度一緒に飲もっか」
「――エドワードくん(r2p000459)、お元気? 今度さあ、またどっか遊びに行こうよ。おもしろそうなとこ探しといてー」
「――ギィくん(r2p004707)、あのさあ、また今度イソゴーランドでジェットコースターとコーヒーカップと急流すべりしない?」
「――ゆめくん(r2p002686)、横須賀にいい感じのカフェできたからさ、今度お暇な時にでもお茶しよーよ」
「――アイシャくん(r2p000733)、やっほ。ごめん寝てた? ふふ。またお喋りしよーね。おやすみ」
「――ルナくん(r2p003936)、みてみてお月様が綺麗だよ。君の瞳みたい。……今度の満月の時さ、一緒にお月見しよっか」
「――興一くん(r2p005797)、南極にペンギン見に行く話さあ、覚えてる? あれ、いつか絶対見に行こうね」
「――ユーナくん(r2p000297)、……んーん。声、聞きたかっただけー。今日もかわいい声だね。今度は生の声聞かせて。おやすみ」
「――清志郎くん(r2p000956)、任務帰り? 遅くまでお疲れ様。また合同訓練する時は是非来てね」
「――グレゴールくん(r2p000095)やっほ。あれからお酒飲んでる? ふふふ。酔っぱらった君チョーかわいかったよ。また見せて」
「――もしもし白紅さん(r2p000568)? ケガの具合はどう? ……そう、よかった。しばらくはあんま無茶しないでねー? 元気になったらまた遊びに行くよ」
他にも、思いつく限りの名前にメッセージを送って。
通話終了、のホログラムを眺める。
今度、また、いつか。そんな未来への約束ばっかりをして。
「……。ねえ? あのさ……」
通話先に誰もいないまま、アルネは呟いた。
俯いて。レースのカーテンをぎゅっと握って。声を、華奢な肩を震わせて――
「いなくならないでね。お願いだから……誰もいなくならないでね……」
※広域地理情報管理システム『アストラチカ』のメジャーバージョンがアップデートされました。
更新内容
・日本地図掲載←New
・新人類圏地図掲載←New
・世界地図掲載←New


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