Chiekoが聴きたい


 日常あたりまえは無条件に続いていくものだと思っていた。
 いや、遠い昔に人類は――それが永遠のものではない事を思い知らされていたのに。
 広い世界の狭い一角、だけはそうに違いないと錯覚していたかった。
 日々は過酷であったから。
 生きていくだけで精一杯であったから。
 頼るべき大人は無く、子供クソガキだけで肩を寄せ合って……
 虚勢を張らないでどうしてこの過酷な現代を生き抜いていく事なんて出来ただろうか?
「……っ……!」
 目の前に広がる光景に息を呑んだ湊 マモル(r2p008461)は思わず強張った自分の表情を自覚せずにはいられなかった。
 これまでも朽ちた東京に天使達が現れた事はあった。カブキチョー・プシュケーに寄り集まった自分達は力を合わせて天使を含めた外敵に対抗してきたのだから、別に彼は敵を知らない訳ではない。殺した事がない訳でもない。ましてやから改造を受け、子供達の中でも特別戦う力を持ち合わせている彼ならば、使ならそんな顔をする事は無かったと言い切れる。
命空骸戯カタルモイとは……タラリア様も面白い催しを考えてくれたものですねえ」
 マモルの視線の先、十メートルばかり離れた所でやけに通る声でそう言った男は一見すれば人間に近しい姿形をしていた。線の細い優男であり、旧時代によく見かけた姿のサラリーマンのような恰好だった。ただ、その背から伸びる一対の白く大きな翼がこの男のを圧倒的に否定して憚らない。
「君達は運が良い。私は慈悲深い性質なのです。
 特に子供にはが出来る。それが大人としての当然ですからねえ?」
「……こいつっ……」
「分かってる。何も言うな。それ以上に――絶対に俺の前に出るんじゃねえよ」
 スーツ姿の天使から明らかな軽侮と悪意を感じ取った一光 一望(r2p008503)は気色ばんだが、マモルは即座に彼女を制止した。
「……これ、もしかして……めっちゃやばいヤツじゃない?」
 蒼褪めた石動 直花(r2p008466)の言葉にマモルは応えずに臍を噛んだ。
 マモルはプシュケーのだ。
 つまり知識としても体感としても、天使には大いなる階級が存在する事を知っていた。
 有象無象なる天使級の上には大天使級という脅威があり、そして。
 そのには圧倒的な絶望が広がっている事を知っていた。
 姿
「相手の都合に関係なく自分語りで自画自賛かよ。
 おっさんの考える大人の定義ってのは随分イージーなもんだな」
「おっと、失礼。では改めまして」
 天使は強烈な皮肉に怒る事もなく、むしろ芝居掛かって恭しく一礼をする。
「私はブラーム。第九熾天使ディオン様麾下。
 偉大なる座天使タラリア様に仕える兵として……
 階位『権天使プリンシバリティ』を拝命させて頂いております。
 長い付き合いになるかはさて置き、以後宜しくお願いしますねえ?」
 言葉こそ馬鹿丁寧だが、タールのように黒く粘つく悪意が微塵も隠せていない。

 ――神は自らを模して人を造りたもうた――

 ならば、これはメタファーだ。
 歌舞伎町の子供達を今目の前で脅かす天使はまさに彼等が嫌う大人そのものだ。運命の宣告じみて其処に居た。
 命空骸戯カタルモイなるゲイムが一方的に始められた事は認知していた。
 だが、こうも早く……と遭遇するとは思っては居なかった。
 を考えて物資調達に出た事で、こんな裏目を引く事になろうとは。
(ここは池袋辺りよ? からそんなに離れてない!)
 一望の接する最悪の事態はまだふわふわと現実感を伴ってはいなかった。
 だが、口の悪いマモルが後ろに隠れろと言った時点で分かる。
 常日頃から悪態しか吐かない癖に、肝心な所では何時も仲間を大事にする彼がそう言ったから
「あ、あなたはゲイムの参加者なのよね!?」
「まあ、そうなりますか」
「な、なら……っ……」
 直花はと宣うた天使の戯言にすがるように必死で声を張った。
「ボーナスチップってのあげるから、この場は終わりで良くない……!?」
 自分の事を良く「バカ」と自認する彼女だが、この直截な言葉はマモルや一望からは決して出てこなかっただろう。
 、故にブラームの返答は知れている。
「勿論、お断りします。これはゲイムですからね、ゲイムとは即ち遊興だ。
 私が諸君等を追い立てるその様こそ、命空骸戯カタルモイの愉悦そのものではありませんか」
「ああ」とブラームは追加する。
、チップを獲得した上で愛すべき子供達がこれ以上悪夢に苛まれないようなもいたしますのでご安心を」
「……くそったれ」
 マモルは呟く。
 命空骸戯カタルモイにおける死は直接的な終わりに成り得ない場合がある。
 だが、この権天使を引いてしまったのはまさに子供達のそのものだった。
「……逃げろ」
 至近距離にだけ届く小さな声でマモルが言った。
「ちょっ、そんなの――」
「――
 思わず反論しかけた一望の言葉を被せたマモルの言葉が叩き潰す。
「直花のバカの手を引いてまっすぐ走れ。拠点の連中に危険を伝えろ。
 いいか。俺は頼める相手にしか頼んでない。絶対に、戻るな。走れよ」
「……っ……」
 一望も直花も表情を強張らせた。
 マモルの真意は言わずとも知れている。
「作戦会議は宜しいでしょうか?」と皮肉るブラームは――誰でも分かる位に絶対に勝てないであろう悪夢めいた敵だったから。
「いいぜ。でも簡単に済むと思うなよ」
 望まぬ改造で植え付けられたメカアナコンダの腕がこんなに頼もしい日は無かった。
 滅茶苦茶に叫びながら地面を蹴って腕を振りかぶったマモルは――

「―――――え?」

 自らの横を迸った光線に振り返り、その行方を思わず目で追ってしまった。
 スローモーションのように一望の身体が衝撃に撃たれ宙に浮いた。
 仕掛けると同時に逆側に走った見慣れた彼女は胸を貫かれ。
 まるで糸が切れた人形のように、瓦礫の街に崩れ落ちる。
(ああ……)
 こんなに。
 こんなにも、呆気無いものなのかと。
 
 辛い事ばかりで、何時も苦しくて。
 ううん、違う。
(……梨野……)
 意識が混濁して、もう居ない彼が見える。
 誰かと一緒に時間を過ごして――救われた夜もあって。
(……………咲願
 皆とずっと一緒に居たくて。ああ、嗚呼、アア――

 おかしな話だ。
 明滅する世界に彼女が最期に思ったのは。

 ――もう一度だけ、Chiekoの新曲聞きたかったな――


 ※池袋エリアで命空骸戯カタルモイの衝突が起きた模様です……

命空骸戯カタルモイ - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール