絶対規則:王の前では頭を垂れよ
悲愴のブルーム。
そんな徒名で通称される権天使ブルームは冷静で紳士的な態度とは裏腹に酷く歪んだ嗜虐性を有していた。
彼は策動謀惑の麾下に相応しく執拗であり、意地が悪く、皮肉で――誰かを弄る態度を好んだ。されど。策動謀惑の麾下に相応しくはなく過剰に傲慢であり、調子乗りであり、気分で物事を進める事を好む節もあった。
いやさ、大本のディオンとてそういった所がない訳ではない。
ブルームとディオンを分かつ余りにも圧倒的で重要なポイントは最初から一つだけだ。
此の世全てを手玉に取るディオンの不誠実は彼が熾天使だからこそ赦されている。
その掌の大きさは――熾天使の権能と存在によってのみ担保されている。
詰まる所、ラグナロクの最終勝者を望める圧倒的な存在意味こそが、免罪符に他ならなかった。
なればこそ。
――例えば熾天使ならぬ権天使が、絶対規則に違反したらどうなるだろうか?
「な、ななな何ですか、何なのですか! これは!?」
答えは――無くなった右腕を求めるように左手で抑えようとしたブルームの恐怖と混乱に彩られた顔が物語っていた。
(……い、一体今何が……何が起きた!?
私は子供の一人を撃ち抜き、もう一人を足止めして。
激昂してかかってきたこの少年をあしらいながら痛めつけて、それから!)
それから、その時。
――何だ、もう始まってやがンのか。
ブルームは尊大に響いた声に視線を向け、新たに現れた人間達の姿を認めた筈だ。
――おい、スオル。それで……命空骸戯ってのの感覚は掴めてんのかよ?
――まあ、多少……位は。
入場時点でデバイスを得られる感覚はありましたから、こりゃ陣地構築型の呪術結界の一種ですかね。有名な例えをするなら蟲毒の壺みたいな。まーあたしも東京ごと覆うようなバカでけーのは見た事無かったですけど。
――デバイスは強制装着じゃなかったみたいねえ。
命空骸戯は――レイド参加にしろ、チップ集めにしろデバイスが必要みたいだけど。
これ、つけるとゲイムマスターの思惑であれこれ弄られちゃう訳でしょ?
あたし、好きでもない男に体弄られる趣味はないのよねえ。
つけないで参加者殺したらどうなるのかしら?
――それを含めて実験が要るってこった。
取り敢えず、極聖がデバイス役をやれ。他の問題外共よりは強ぇからな。
一応上位天使も居るんだろ? 使徒はバックアップに入る……でいいな?
――ひっど! 筋肉達磨と麗しの美女を比較しないでくれる!?
――相分かった。まぁ、おかしな制約には些か辟易するが……
それを加味しても適役だ。己の配役に大きな不満はない。
白髪サングラス、魔術遣いらしき少女のなり、銃をぶら下げた色気のある女、引き締まった体の武人らしき男。
ブルームはやり取りから人間達が命空骸戯の、ゲイムの参加者である事を把握した。
言葉は尊大だが、まだ参加したて。強化チップは集めておるまい。
恐らくは能力者だが、人間の能力者は襤褸雑巾にしてやったばかりだ。
だから。たかが人間の癖にやたらに態度のでかい愚者共に言ってやったのだ。
『何処の何方達かは存じませんが、順番通りに遊んで差し上げますから、もう暫くお待ち下さいねえ!』
……それは悲愴のブルームの通常営業に他ならず。
恐るべき権天使の権能を有して存在する貴族の嗜み以外の何者でも無かった。
それは許される筈だった。貴族の権利は天より与えられたものだから。
力という絶対の法則の前に、人間は支配されるが常であったから。
ただ、ブルームは麻痺していただけだ。
長らく弱者を弄る事ばかりを繰り返していたから忘れてしまっていただけだ。
支配の王錫は残酷なまでに移ろいやすい。
権天使という力は貴族の支配権かも知れないが――王の支配は貴族さえ対象に取るという事実を!
「……こ、い、今何を……!?」
血走った目でゆらゆらと歩み寄る白髪サングラスの男を睥睨したブルームは男の身体のあちこちが空気に解けているのを理解して混乱した。
「別に何て程の事もねえよ。そうだな、挨拶くれぇか?」
口角を持ち上げて牙を剥き出した男は――Baroque第七使徒『The Living Mistery』ジャック・ザ・リッパ―は重ねて言った。
「テメエのムカつく態度に適当なほんの軽い挨拶だよ」
「――ぐえ!?」
背中から実体化した手がナイフをブルームの肩に突き立てた。
「遊んでくれるんだろ? ええ?
ほら、早く遊べよ。芸を絞り出して――減らず口を叩いて遊んでくれよ」
くるりと回転した刃がその背の翼を切り落とす。言葉と共に天使を削ぎ取る速度は加速するだけ。
「ジャック、殺しちゃダメっすよ。
拠点組が情報持ってそうな奴を回収してこいって言ってましたからね」
「誰がダーリンだ、クソ女」
真っ直ぐに自分を指さした魔女――スオルにジャックは「けっ」と悪態を吐いて肩を竦めた。
悲鳴を上げるブルームの喉を「うるせえな」と掻き斬り、天使の強靭な生命力があればこそ死なない程度に解体していく。
ジャックは数歩ばかりしか動いていないのに平常の顔をしたままに、人喰いの霧が哀れな犠牲者を貪り喰っていた。
成る程、それは見事が過ぎる。
世界で一番有名な殺人鬼による見事なまでの殺さない残虐ショウに違いない。
「た、助かった……?」
思わず呟いた直花の言葉に懐疑の色が強い。
「……て、てめえ等……何者だ!?」
敵の惨状はマモルにとって確かに救いの手になった。
だが、新手から漂う強烈なまでの違和感と魔性は直花にもマモルにも危険な天使を人間らしき集団が排除してくれたという額面通りの事実を期待させてくれてはいない。
「……あン?」
「てめえら何者だって聞いてんだよ!」
叫んだマモルはブルームに弄られボロボロだった。
守ろうとした一望は救えず、直花も逃がす事は出来ていない。
彼は確かに子供だった。だが悪態を吐きながら仲間を心から大事に思う――女の子を助けようとする――そんな一人の男でもあった。
だから……彼が得体の知れない危険人物達を警戒したのは当然だっただろう。
何一つおかしくはない。虚勢を張らねば折れてしまいそうな程に傷付いて、それでも立ち上がった彼はむしろ立派だったとしか言いようがない。
だが、そうして生きてきた――或いはそうでもしなければ生きてこれなかったプシュケーの呪いはこの場面では最悪の方向に作用したと言わざるを得まい。
「俺に対等な口を聞いてンじゃねえよ。ムカつくぜ」
ジャックの足が霧に変わり、至近距離から現れた蹴りがマモルの腹を撃ち抜いた。
間合いはたっぷりと十数メートルもあったのに、そんな事は関係ないと言わんばかりの一撃にマモルは朽ちたアスファルトに転がった。
腹を抑えながら血と胃液を吐き散らし、折れたあばら、潰れた内臓にこれまで以上に色濃い死を自覚した。
「あーあ、可愛い男の子だったのに」
「……弱者を嬲る趣味を好くとは言えんがね」
「止めたい感じ?」
「否」
四人の中で唯一デバイスをつけた極聖は豪奢な美女--アレクシアの問いに首を振る。
「男児が敵に立ち向かったのだ。弱肉強食の世の常を否定する気は毛頭無い。
それが少年の選択ならば。己が口を出す謂われがあるとは思わんな」
「まあ、ねえ」
転がるマモルを半眼で眺めたアレクシアが薄く笑った。
「人生はギャンブルみたいなものだもの。
初手を間違ったのは彼の選択だものねえ。
ま、命をチップにした啖呵ならそりゃあもう仕方ない」
「い、いたいいたいたい……や、やめ……」
「うるせえよ、羽畜生。俺様は今ガキと遊んでるトコなんだよ」
煩い程の声量はもう絶対に出せない。
だがジャックは蚊の無くような声さえ責め立て、ざくざくとブルームが小さく削り続けている。
「なあ、クソガキ。小さい頃に大人に習わなかったか?」
マモルにかけられたジャックの言葉は奇しくもカブキチョー・プシュケーへの呪いのような響きを帯びていた。
「目上の大人には失礼の無いように、ってな」
降り注ぐ暴力。
一切の遠慮のない、しかし殺意すら帯びない唯の気まぐれな暴風雨。
「う、ぁ……」
マモルはもう何を言われているかすら良く分からない。
ただ、薄れ行く意識の中で自分が失敗した事だけは自覚した。
だって、だって。
――や、やめ……
直花の泣く声が聞こえる。
――や、やだ、やだああああああ!!!
悲鳴が聞こえる。
――わたし、わたし、バカかも知れないけど……っ……
辞めて。辞めてくれ。
――人の身体がこんな方に曲がらないのは知ってるよおおおお!!!
目が見えないから、首を動かす事も出来ないから……
声だけが、直花の泣き声だけが耳を塞ぎたい位の現状を物語る。
――ねー、スオル。そっちの女の子まで苛める必要あったワケ?
――はー!? ありますよ。あるに決まってるじゃないですか!
スオスオ、ちゃんと気付いてましたから。
さっきダーリンがちらっとあの女の事見たんですよ。
あたしというものがありながら、本当に! 有り得ねーです!!!
浮気ですよ、浮気! さいあく! 女の敵!
でもそんな所がつれなくてすき……だいすき……
何だよ、それ……
こんな事で、俺は……直花は。一望も。
(やっぱり――)
マモルはやっと意識を手放す事が出来た。
(――大人なんて、どいつもこいつもクソしかいねえじゃねえか――)
※池袋の命空骸戯で石動 直花(r2p008466)、湊 マモル(r2p008461)の二人が死亡し、権天使ブルームが不明になりました。
上記二名の死亡損傷は著しく、命空骸戯の保全効果は及ばなかった模様ですが、一光 一望(r2p008503)についてだけは(Baroqueと出会った時点で死んでいた為、気付かれず)命空骸戯ルールによる「仮想死亡」状態が適用されます!








