ラディカル・ゲイム
「要するに、だ」
旧文京区、かつて巨大アミューズメントパークとして栄えた残骸を眼窩に臨む巨大なホテルの一室でエルネスト・モンテシーノスは神経質な眼鏡を人差し指で持ち上げた。
「命空骸戯は第九熾天使ディオンの配下である座天使タラリアが主人の力を借りて作ったモノ、で間違いないらしい。
まあ、東京全域を覆う呪術結界なんてものは最初から違和感があったからな。
座天使というとアレだろう? 本質出力は我等が盟主と同等程度の出力であると聞いている。少し今回のは強力過ぎたからな」
「アリシスやアーレリアが聞いたら暴れるわよ、それ」
「別に盟主殿が座天使程度の技巧と言っている訳ではない」
「女心には如何なる言い訳も通用しないけどね」
部屋に備え付けられた立派なソファに腰を下ろし長く艶めかしい足をこれ見よがしに組んだ蜘蛛女がふざけて言った。如何にも揶揄う態度だが、かの倫敦最大の犯罪王から師事を受けた彼女はBaroque極東遠征の頭脳である。
「でもまあ、嘘を吐くような余裕は無いと思うわねえ。
聞ける事は大体引きずり出したんじゃない?」
外回りに出た調査部隊に情報収集を強請ったのは彼女であり、必要な情報を引っ張り出したのも彼女であった。
……ひ、ぃ、ひぃ……ふう、は、ぁ……
情けなく小さな空気音のような声が窓際から響いている。
元々は観葉植物の植えられていた鉢に、今まさに首だけを生やしているのはあの――悲愴のブルームだった。
もうまともにモノを話す力も失った彼はそんな有様だが生きている。
「全く。殺すなとは言ったけど、もう少し責める余地位は残しておきなさいよね。
あんな有様じゃ脳みそ弄る位なら兎も角、拷問の隙間も無かったじゃないの。
本当に私の楽しみを何だと思ってるんだか――」
アイリーンは今不在のジャック・ザ・リッパ―のやり過ぎに薄い唇を尖らせていた。
そんな彼女にエルネストが咳払いをする。
「それに関しては君は不平不満を言う前にこの僕に感謝するべきだと思うがね。
死なせるなと言うから専門でもないのに医者の真似事に従事してやったのだ。
本職のMrs.密ならもっと上手くやったとは思うが……うん?
言ってたらクロノスや士郎の措置にも知的好奇心が湧いてきた所だが――」
「それで鉢植えとかマジでウケるわ」
「え、えーと……可哀想な鉢植えさんの事は置いておいてー……」
実に楽しそうなアイリーンに多少引いた調子でカロル・フライシュッツが引き攣った笑いを浮かべていた。
「その、今回の命空骸戯って結局何の為に開催されてるんでしょーか?
願望機争奪戦っていうトロフィーはあくまで参加者の為に用意されたものだと思うんですけど」
「……………」
「運営からしたら手中にあるコスモスって別に改めて獲得するべきものでもないですし。
タラリアっていう座天使は何か狙いがあってこう、大掛かりなゲイムを仕掛けてると思うじゃないですか」
「意外に結構頭が回る方なんだな、君は」
「い、意外は余計です、意地悪なセンパイだ……!」
飛び入りで参加したBaroqueに関しては一部の情報の解像度がK.Y.R.I.E.より低いのは当然である。
現時点でK.Y.R.I.E.が塩化現象とその元凶――嘉神 ハクの妹に纏わる一定を知り得るのに対して、彼等の立場からすればいよいよタラリアの意向は掴めない場所にあると言える。
尤も、当のK.Y.R.I.E.とて謀惑の腹心たるタラリアの狙いの全てを看破し得る場所には居ないのであるが――
「ま、現時点では深く考えても無駄であるな」
第十一使徒『沈まぬ太陽』パトラ・プトレマイオスXVIはクイーンサイズのベッドに寝転がったまま大きな欠伸を噛み殺した。
「鉢植え曰く、タラリアには別に目的があるのは確実だ。
しかして、下っ端過ぎて核心を知り得るには及ばなかった。
……ま、その格好でワレを謀るなら見上げたものだが、小物にそんな気骨もあるまい」
パトラは小柄な身体を猫のように伸ばしている。
「有用な話は、チュートリアルの以後にチップとやらが改めて配られるという事。
陣営に配られるチップの量は組織の大きさによって左右される事。
タラリアなる男はゲイムの進行で、幾つかのルールを追加する心算である事、位か」
口を滑らせたのか、それとも面白がりの語りたがりだったからなのかは知れないが――
Baroqueが鉢植えの口から追加予定のルールを幾つか知れたのは面白い結果であった。
「まあ、ワレ等のプレイヤー登録は極聖のみ。チップは最少かも知れんがな」
「必要ないでしょ」
アイリーンは舌なめずりをする。
「強化チップはこれから狩って極聖に集めればいい。
で、統一デバイスのチップ?
死に戻りに必要な保険なんて私達には要らないし。
そもそも。初期配布に関係なく統一デバイス持ちをぶち殺せば奪えるんでしょ、それ」
「らしいな。だが、結局は――問題は座天使であろう?」
パトラはもう一度欠伸をして目を輝かせるアイリーンに応じた。
「有象無象等元よりどうでも良い。
ワレ等が見るべきは願望機を餌にゲイムを差配するラスボスであろう。
このゲイムのクリアの本質は実にシンプルだ。悪いヤツを始末すれば良い」
思惑がある以上、素直にトロフィーを渡すとも限らない。
渡された所でそれが純粋な利益を生むとも限らない。
ゲイム・マスターが最後まで参加者に公平である保証なぞ何処にも無い!
ならば、結論はシンプル極まる。
そこの鉢植えと同じように悪巧みも出来ないようにしてやれば良いだけだ。
コスモスが本質たる力ならば、その方向性は後で如何様にも変えられよう。
「故に極東なぞに使徒を二人も用意した訳であるからな」
最初から最後に出て来るゲイム・マスターを殺す事を目的にしている――Baroqueの認識とその取り組みは実にラディカルだ。
「流石、パトラ様よねえ」
アイリーンはわざとらしく敬称をつけてけらけらと笑う。
現在のチュートリアルは第一戦区で生じている。
レイドでの戦果の獲得にはデバイスが必要そうだが、Baroqueは拠点準備と情報収集に忙しい。一先ず本編は先行参加の連中に好き放題やって貰うとして――第十戦区の掃除が先決なのは当然だ。
「いや、しかし。実を言えば」
「……?」
「余剰チップは得られるものなら欲しい所だ」
「何で?」
「僕は何度か、いや何十度かでもいっそ死んでみても良いと思っているのだ」
「え、えっと……死なない方がいい予感がします……けど!」
やり取りは胡乱だが、カロルに返答するエルネストの顔は真剣そのものであった。
「分かっていないな。
知識の追求には実体験が一番早い。
シュペル・M・ウィリーが何と言うかは知らんがね。
フィールドワークは研究者の嗜みなのだ。
まあ、流石の僕でも……いや、僕の作品何だが――
正直、鉢植えになってみたいとは思わないがね!」
う、う、あ……ぁあ……
※Baroqueが命空骸戯第十戦区に拠点を構え、近隣の掃除を始めたようです!








