アレースの眸
「状況を教えろ。端的でいい」
東京23区、第四戦区『丸の内』より東京駅地下鉄線路を移動している少女はくるりと振り返った。
可愛らしいワンピースに身を包んだ射干玉の髪の幼気な少女である。菫色の眸を瞬かせ、拠点であった江東区から離脱をしている彼女は何方へと向かうべきかと迷うようにペンデュラムを見つめていた。
「諏訪のこと? 多摩のこと? それとも東京?」
「何処なら玻璃は答えられる?」
玻璃(r2p005091)と呼ばれた子供はつんと唇を尖らせた。此方も先ほどの少女――ナンイドナイトメア(r2p001001)とさして年齢の差もないだろう幼子を思わせる容貌をしていた。
切りそろえた朱殷の髪には花が飾られており、とてもじゃないがカタルモイと呼ばれた悪辣なゲイムエリアを歩いているとは思えない姿をしている。
「どこでも。ナンイドナイトメアが望むなら」
「なら、東京は省けばいい。理解している。
ゲイムマスターが唐突に江東区にK.Y.R.I.E.の拠点を用意するからと余に立ち退きを命じた。
忌々しいがネオフォボスごと新たな拠点探しをするべく引っ越し作業中。ついでに、蕎麦を用意しておきたい所だ。違うか」
「ふふ、違わない。ぼくはコスモスの調査の為にここにきて、きみと一緒にいる。
勿論、ぼくらの盟主もあの理解不能な秘宝を手に入れたいと考えている。ナンイドナイトメアの情報に一つ付け加えるとね。
ぼくたちにとってあまり喜ばしくはない簒奪者がいるようだよ。ぼくの玻璃の鏡があってよかった」
ナンイドナイトメアは情報収集に適した幼子の言葉を疑わない。この子供が生きていられるのは記録者として歩むに適した能力を持つからだ。
「相手の名前は? 知り得た魔術師集団でなければ喜ばしいがそうでは無いんだろう」
「――推定・Baroque。でも、それ以上は探れない。ぼくにだって限界がある」
玻璃は自らの実力を見誤らない。この子供が外で起きた騒ぎを認識できていただけでも御の字とするべきか。
「オーケー。では次、多摩や諏訪は」
「絵玲奈や楓月が動き出したのは確か。どう? 素敵なパーティーの始まりだとは思わない?」
ナンイドナイトメアは鼻先で笑った。最悪な事にならなければいいだろうが、なんて皮肉をもその言葉に込めて。
諏訪――冬の訪れを感じ取った春夏冬 楓月(r2p004418) は「冬のようだけれど」とそう呟いた。
一歩、彼が歩むたびに足元には美しい彼岸花が咲き誇る。諏訪湖の結界に無理やりの穴が開いていてくれてよかった。
これがなければ、入り込むのにも骨が折れただろう。どうやら自分以外にもこの領域に入り込もうと考えている者がいる。
天蓋をふかふかの着ぐるみの手が殴っていたのも見た。あれは天使だろう。コミカルな姿をしているがそれなりの位階であると認識される。
それに、楓月と同じような人間の姿もあった。彼らは厭離衆と名乗り幽石と呼ぶ霊山のかけらを手にしていた。
「あの欠片も気にはなるけれど、媒介でしかないのだろうね。霊山との適性がある者たちが使用するに適しただけの代物だろう。
それを奪い取るよりも草薙剣を探した方がいい。東京に八尺瓊勾玉を探しに出かけてくれたナンイドナイトメアには悪いけれど、どうやら諏訪に転移していたようだし、ここで両方を――というのが一番にベストだ」
そう言った楓月の視線の先では不服そうな表情をしたバルタザール・リューリ(r2p004893) が立っていただろうか。
「面倒だ」
「そう、言わずに。神々からのしっぺ返しというのも中々なものだから」
バルタザールは今すぐにでもこの諏訪湖を包む神域の結界を破壊してしまいたかったのだろう。
八尺瓊勾玉と呼ばれる秘宝には興味がある。それに強く心惹かれているのだ。
バルタザールからすれば楓月始めとする同胞もが投入されたことには少々不愉快なのだろう。
己一人でも、と言いたげな視線に楓月は肩を竦めた。
「あの着ぐるみは第八熾天使の派閥だろう。それにあの厭離衆と名乗る奴らも別の使命を帯びてる。
調査は続けておいた方がいい。とりあえず結界にもう少し穴をあけよう。そちらの方が行くも帰るも怖くはないから」
かつ、こつと石畳を歩いていた青年は「諏訪は冬に? それで東京は? 地下鉄散歩? 大変だ」と笑った。
やけに饒舌な青年、動転坂 楽唯(r2p004427) は多摩南街や東街を自由に歩き回っている最中だ。
調査と言うのは必要不可欠。特に、彼はかぐや姫の作ったとされるアーティファクト「五つの難題」を集める事を好んでいた。
その一つを有する少女が多摩東街に姿を見せた事もあり、この街の偵察にやってきたのである。
「大変だ、で終わらせていいのかしら? もう少し優しくしてあげたらいかが?
折角調査に同行をしてあげているのに……ああ、けれど、私、ウーアツァイトは欲しいかもしれないわ。
あの人形たちがいればあの子を護るための武器になるかもしれない。どう思う?」
「激しい抵抗を見せるよ、K.Y.R.I.E.は」
「そうね。そうだわ……イーリロスにも会ってみたけれどお話にならなかったものね」
水城・絵玲奈(r2p002443) は唇を尖らせてそう言った。
彼女たちは秘密結社『Theophilos』。魔術師の秘宝と呼ばれる叡智を収奪し、自らの糧とする者たち。
東京に、諏訪に、そして多摩に、彼らは各々の目的の為に歩き回っている。
「さて、絵玲奈。そろそろここを離脱しようか。エーデレッセンはお構いなしだ。
腹を空かせた獣ほど理解しがたいものはないからね。それとも、人間である以上は何らかの感情を渡しておいた方が得かな?」
「そうね、そうかもしれないわ。けれど、それは私たちの役目ではないでしょう。
指を咥えて待っているのはつまらないもの。貴方はどうする? 諏訪の結界に穴でも開けに行く?」
揶揄うように問い掛けた女に楽唯は手を叩いて笑った。それもまた良いだろう、と。
何せあの土地には二つ――いや、片方はただの半身か――の秘宝が今や存在しているのだから。
「穴を開けに行く前にナンイドナイトメアたちの新居を祝うのもありかもしれない」
「嫌よ、あんな場所。行くだけ損だわ。私はコスモスには興味もないの。チュートリアルが終わった頃に引っ越し祝いでも送ってあげましょうね」
――誰もが自らの目的で動き出した。その様子を南街の中で一人見ていたイーリロスは息を吐く。
もうすぐ頃合いだろうか。君に会いに行くための言葉を、考えておかなくてはならないのかもしれない。







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