桜色の約束


 ずっと、その場所で見ていた。

 東京都のある場所に一本の桜があった。大きく大きく育ってゆくそれは、人々にとっての憩いであり癒しであっただろう。
 美しい桜はずっとその街の変化を眺めて来た。何時しか周辺の土がコンクリートに埋め立てられ、同胞ともの声さえ聞こえなくなってもはそこにいたのだ。
 辻神と呼ばれるような存在であったのかもしれない。
 どうか、人々に幸あれとそう願いながらもずっと、ずっと彼女はその場所に生きていた。

 ――どうか、幸せになって。

 何度となく願っていた。

 ――どうか、どうか、幸せになって。

 彼女は、幼い子供にはその姿が見えるのだそうだ。
 かくれんぼを一緒に楽しみ、夕暮れ時に居なくなってしまったと子供たちが騒ぎ出す。
 迎えにやってきた大人はそんな子は最初からいなかっただろうと困り切ったように言うのだ。
 鬼ごっこを一緒に楽しむならば、ふんわりと混ざりこんでいた彼女の存在は誰にも気づかれなかった。
 本来ならばいない筈の誰かにタッチをされたのだと騒ぎ出す子供の声は少しだけ愉快だった。

 ――お願い、どうか、幸せになって。

 美しい桜の樹。辻神の娘。彼女は、一人の少年と出会った。
 彼を見守る事が楽しかった。幼い彼が小学校に入り、中学生になって、それから、高校生になって大人になって行くその姿を見ていたかった。
「神様、必ず迎えに来るから。だから――」



桜叶おとさん」
 名を呼ばれてから桜の精霊かみさまはぱっと顔を上げた。
「ごめんなさい。ぼんやりとしていました。どうかしましたか、ハクさん」
「お疲れですね。申し訳ありません。大量のログが旧展示場要塞システムに流れ込んできていましたし……」
「いいえ。出来るだけ確認作業を勧めたかったので……第五戦区の事もそうですが、第三戦区のももうそろそろですよね?」
 旧展示場要塞の管理人である桜叶(r2p008406)はK.Y.R.I.E.司令官の嘉神 ハク(r2n000008)へとぎこちなく笑った。
「地下鉄への進軍開始位置も決めなくっちゃなりません。
 魔術師の集団Baroqueは避けておきたいですし……あまり悪戯にティティフィティアやプシュケーを刺激しない方が良いかもしれません。
 今、散り散りになってしまっているというどうぶつさんふぁみりーの事も気にかかります。それに」
「それに?」
「地下鉄にはがいるとも聞きました。ログを眺めていれば安全地点を見つけ出せるかも」
 桜叶は人間の幸せを願う神様だった。故に、K.Y.R.I.E.の人々にも幸せになって欲しかった。
 その為に尽力していることは間違いじゃない筈だ。きっと、他の人間よりもで居られるから。
「その為に、今頑張ってくださっているんですね。……ありがとうございます。
 でも、桜叶さんは、第五戦区に気にかかるものがあるんじゃないですか?」
 その問いかけに、ぴくりと桜叶の指先が動いた。それから「お見通しですねえ」と彼女はふんわりと笑う。
 桜色の神様は第五戦区と呼ばれた南部地域に生えていた美しい大樹だった。あの場所にずっと佇み待ち続けて来たのだ。
「大事な子がいたんです。成長を見守っていきたいような……大人になって私の事見えてたら迎えに行くぞって言っちゃうような」
「……そうなんですね」
「あの子が元気かなあって……心配になってしまって」
 肩を竦めた桜叶は「でも、地下鉄からですね! 第三戦区のログが流れてきたらそちらも確認しないと!」と拳を固める。
「あの……地下鉄の安全経路を見つけられ、他のお二人に引き継ぎができそうだとして。
 K.Y.R.I.E.が桜叶さんの護衛を引き受けてそちらに向かう事ができると言ったら、どう、しますか?」
 問い掛けるハクに桜叶はぱちくりと瞬いてからふんにゃりと笑った。
「嬉しいです。その時を待ってます。……今は、皆さんの安全を第一にしましょう。
 ほら、第二戦区のボーナスチップも反映されています。特殊な効果は……
「地下鉄に入り込んでも拠点へと帰還する事が出来る、という意味ですかね」
「そう、かもしれませんね。……そう、ですか。帰り方が分かる……」
 ぽつねんと呟いた桜叶にハクは「どうしましたか?」と問い掛けた。「いいえ」と桜叶は首を振った。
 ――帰れない人が、きっといる。あの地下通路にはそんな恐ろしさが潜んでいる。
 準備をしよう。入念に。第三戦区の結果が出ても、まだ。しっかりと。
 そうでなくては、私は誰かを失ってしまう、かもしれない。
 それが、酷く恐ろしかった。





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