死獣の咢
「ま、まさか……猊下ッ!!」
ヴァルトルーデは信じられぬモノを見た。
神秘の奔流に主が呑み込まれる様だ――アレで我が主が打ち倒された、などとは決して思わない。だが絶対の忠誠を誓うヴァルトルーデにとって害が成されたという一点のみで……心に十分以上の動揺が生まれた。
一刻も早く主の下に駆けつけねば。
斯様に焦る、その瞬間を逃さず――
「何処を見てらっしゃるのかしら? 目の前から集中が欠けるなど……随分と余裕がおありのようで。流石は虫も殺せぬ乙女――羨ましいご身分な事ですねぇ」
Athenaの面々は攻勢を仕掛けるものだ。先陣斬るはヨミコ(r2p004131)であり。
「浮気は困りますね。駄目ですよ。私と──踊っていただかなくては。
それとも、一度始めた武舞を……おやめになるつもりで?」
「――些事にかまけている暇はないのよ、私にはね!」
その動きを合わせるのはElaine Willy(r2p000291)だ。彼女もヴァルトルーデの視線を釘付けに、と。
さらば能天使は力を紡ごう。
来た。異空間から放つ――極大の爆発物の投擲。
「ハッ、芸のない大花火かい! 追い詰められたらソレのみ、か?
第五熾天使の懐刀かと思ったがとんだ期待外れだ――
力不足などという領域ですらない。この戦場にお呼びじゃないだろう」
「物量作戦に頼ってばっかりで、手足の動かし方も忘れたかい、お姉さん!」
轟音響く。その渦中においても晦 総嗣朗(r2p000168)は口端に笑みの色を灯す事を忘れず、二階堂 朱鷺(r2p001201)と共に返しの一撃を放ち貫こう。
「邪魔を……! 退きなさい! それとも私と本気で戦って、死にたいのかしら!」
「――個々では到底貴女には叶わない。きっと、束になっても叶わないかもしれない。
……だけど、それがどうしたの?
勝ち負けは……力だけで決まるものじゃないんだ」
露骨に苛つき始めるヴァルトルーデ。
彼女からの一撃がより苛烈さを増す――が。絃(r2p001348)はそれでも恐れない。
「――行くよ。明日を迎える為に」
学校で友達に『おはよう』と、また言える『当たり前の日々』の為に。
彼女は戦うのだ。ヴァルトルーデに死霊の矢を放ち、まるで捕縛せんと。
「誰も彼も、人類と言うのはどうして、こう……!」
「おやおや? 何を焦っているんだい?
俺たちはお前たちからしたら羽虫以下程度なんだろう――?
感情を露わにして随分とまぁ……人間らしい所を見せてくれるじゃないか」
その時。苛つき始めるヴァルトルーデ、を。
更に煽り立てるが如く言を紡ぐのは刻見 雲雀(r2p001692)だ。
「笑えるよ。散々人類如きだなんだと見下しておきながら……
君自身がその人間と何も変わらない! 羽根と輪があるだけの人間だ君は!」
「――黙れ!!」
「いいや黙らないよ。それ以外になんの違いがあるというのさ! 答えてみなよ!!」
「黙れェッ!!」
異空間現出、武器投擲、天使排出。
雲雀らを吹き飛ばし殺さんと全力投じれば。
「させっかよ――前座の天使は前座同士、仲良く遊ぼうぜ!!」
「……これだけの数の増援……だけどこっちも負けない、負けるわけにはいかない!」
感情の儘に動くという隙を見せた所を逆木 槐(r2p005058)や紫崎 天子(r2p001137)は突くものだ。
雲雀の言うような感情的な不完全さ。
未だレイヴンズを殺し切れぬ戦力的な不完全さ……
あぁこれだけあって、何が完全であろうというのか!
「さぁ撃って来いよ、もう一発な。それともどうした、雑魚にしか頼れないか?
そんなザマの癖に人間の攻撃にはキレるのか――? 面白いヤツだこと!」
「調子に乗らない事ね! いい加減、死んだらどうかしら!!」
「――さっきからそうやって焦って声を荒げる様を『完璧なアレクシス猊下』はどう思うかしらね? 完璧な熾天使様とやらの配下として相応しい姿なのかしら――?」
槐は全集中を注いでヴァルトルーデの一撃を、誘いつつも警戒。
爆発物であるならば撃を注いで打ち返し抗せんとしているのだ。流石に能天使の一撃であれば簡単な事ではないが――それでも死力の限りを尽くさんと。されば水城・繰絵(r2p000276)は異空間より現出した天使級を削らんと別方向から踏み込む。
冷静さを欠いてくれれば御の字と。彼女もまた挑発する言を繋ぎ。
斬撃一閃。吹き出る血が繰絵の力ともなり――
「そんなに声を荒らげて、図星なのかな?
目を逸らし続けた所を突かれるって――そんなに嫌なんだ。
意外と人間味あるんだね」
その上で矢風・初雪(r2p000958)も至ろう。意図的に侮るように嘲り紡いで。
「でもまぁ安心していいんじゃない? これから何があろうと。猊下にどんな目が降りかかろうと――その前にお前は死ぬからね。先に待っていられて取り残されないで済むんだ、羨ましいな」
「猊下に刃を届かせる事が出来るつもり……?
貴方達程度が束になろうと、あの方は揺らがない! あの方は不朽よ!」
「ひゅ~! アレクシスに対する想像を絶した信頼ね~!
いやいや信頼を超えて好意……愛なのかしら?
え? もしかして好き? ホントに好きなの? お熱いわね~!!」
ヴァルトルーデから怒りの魔術が振るわれば、初雪は凍てつきし淀風を放ち対抗。
同時に猪市 鍵子(r2p000636)は周囲と念話の力を用いて連携強化を試みつつ……彼女もまたヴァルトルーデの気を引き付けんと動く。にっこにこ顔で情報を広めてやるのだ――! 負けね――!
「ふむ、推し量るに……あなた|はアレクシスに愛情を抱いてるようですね……随分歪んだ嗜好をお持ちの様です。アレはとてもそういう対象に出来るとは思えません。過度な被虐趣味でも――? まぁ斬り捨てるだけですが」
その時、光を纏った一閃を繰り出すは仙道・琴里(r2p000460)だ。
紡ぐ斬撃幾重にも。ここで落とし、アレクシスの下へ行くのだと奮闘し。
「今だッ……! パールコーストの砲撃が続いている内に、追い詰めましょう!」
「レオパルさん達が頑張ってるなら、私達も負けられないね……!」
されば意識の狭間を突く形でイーグレット・ブランデュベルツ(r2p003312)と白鷺 ネオン(r2p001390)が踏み込むものだ。
パースコーストの砲撃は苛烈だが、無限ではないとイーグレットは分かっている。
今この時。この瞬間だけが好機なのだ。
「さぁどんどん行くぜ~! この程度で終わると思うなよ~~!!
ベリルさんはこんなんじゃ挫けない! まぁだまだまだまだ元気だよ~~!!」
その上でベリル・ベリト・ベレト(r2p000663)も、イーグレットらの傍で動きながら能天使の阻害になるようにと動きて。
「あたしたちの背中を護ってくれている人達がいるの。
それなら……応えなきゃならない。必ず勝って――帰るべき場所があるのだから」
そして、アデル・Ⅰ(r2p000632)は皆の盾に成らんと動こう。
帰る理由を用意してくれたセンパイの為にも、こんな所では死ねない。
想いを背負って彼女は立ち向かう。天使の悪意へ。
「退いてもらうわよ。天使にマシロは……滅ぼさせない」
「我らの刃と思い――それを、アレクシスさんにぶつけにいかせてもらいます。
……そろそろヴァルトルーデさんには退場してもらいましょう」
「何を……! この程度で、私を押し切れるとでも……!」
アデルはヴァルトルーデへと渾身の一撃叩き込み。
直後には月音 涙(r2p000814)の援護も襲来。星月の魔術を振るえば傷が治癒され。
場の情勢を見据え、時に廃竜の魔術をもってして動きを乱さんとする。
「確かに、いい加減退場してもらいたい所だね。
こんな所で躓いてなんかいられない――本命はアレクシスなんだ。
取り巻き風情には退いてもらおう。
この爪牙は、突き立てるに最も相応しい相手にこそ振るわれるべきだから」
「雪辱戦、でもありますしねぇ。えぇ私の前から仲間を攫って行った代償は……総てに償って頂きましょう。部下であれば責は無いなどとは言わせません」
まだレイヴンズの追撃は終わらない。ヴァルトルーデに態勢立て直す暇を与える事なく菖蒲は至近へと踏み込み、その爪をもってして困難を切り裂かんと往く。間髪入れず如月も奇襲たる一手を成そうか。
まだ体は動く。ならば諦めぬ事が出来るのが、人の長所。
「――あんな自意識過剰なナルシストに付き従う貴方には同情するわ」
「同情……?」
「えぇそれぐらい憐れだという事」
アレクシスを只管に崇拝するなど――
自分で考えない伽藍洞。それと何が違うのだ?
「事実だろ。オブラートに包んでやる気は俺にもねぇ――
幾度もやらかしておいてお咎め貰ってない『どうでもいい女』がお前だ」
そして根来 日向(r2p000005)も続こう。分かり合えない相手に容赦する気はない。
彼は吐き捨てるように本心を零しつつ、ヴァルトルーデへ攻勢仕掛けるものだ。
権能を振るう暇も与えない。お前は此処で死んで行け。
「――我が剣閃は囚われぬ勇気の閃き!!
死ね、ヴァルトルーデ。あの世でも大好きな猊下にへこへこしてろ!」
全力一閃。渾身の一撃を日向は叩き込んでやれば。
「ぐ、ぅ……ぁ……!!」
遂にヴァルトルーデが揺らぎ始める。
空からはアレクシスの加護たる『豊穣変生・枯渇の七つ夜』が各所の天使へと降り注いでいる、のだが――先程のレイライン攻撃から微かに出力が弱くなっているのを感じる。
故、ヴァルトルーデへの治癒効果が想ったより働いていない、のもあるが。
なによりその異変に伴うヴァルトルーデ自身の動揺もまた大きな隙に繋がっていた。
だからこそ獅堂 琳(r2p000609)は踏み込もう。
彼女も能天使へと立ち向かう。理由? そんなのは単純だ。
私はただ――喧嘩したいだけ。
「そのついでですね、人類を救うのは」
「何を――」
「行きますよヴァルトルーデ。これで最後です」
強者は、私だ。
それは自負か。或いはそれは闘志か。
彼女は往く。何もかもを喰らう術式と共に、生死の狭間で踊るように!
来いよ。出せよ。全力を。ご自慢のゴミを。
てめぇが私に喧嘩を売ったんだろ。
「――怖いんですか?」
「――ほざかないで頂戴。誰が、何を!」
瞬間。ヴァルトルーデの全霊が振るわれる――
だがそれこそが琳の狙い。自らを狙った刹那の間隙を……
他のレイヴンズが見過ごす訳があるまいよ!
「――その手はもう見せすぎてしまったんですよ」
言を紡ぐは音無 沙織(r2p000458)。出し惜しみはしない。此処で終わらせる。
……あぁ鎌倉で初めて会った時から、幾度相まみえた事だろう。
だから分かる。猊下を愚かと言われた時、必ず激昂すると。
迎撃で先手を取る。タイミングなんて、分かり切っているから。
ヴァルトルーデが百戦錬磨の戦士なら、こうはならなかったろう。だけど。
「貴方は戦士ではない。貴方は……ただの乙女です。
だからこれは簡単な……私達の恋より簡単なギャンブルなんですよ」
「――――!」
「……さようなら、ヴァルトルーデさん」
緋色の翅が瞬き。一頭の胡蝶が、芯にて爆ぜる。
「この戦いは、一刻も早く――終わらせてもらいます」
それだけに非ず。クラリッサ・クラーク(r2p002781)も機を見定め動いた。
召喚した刹那。その一瞬の狭間を狙い、自らの身を挺してでも仕損じさせるのだ!
さすれば行き場を失った魔力は暴走するように。
ヴァルトルーデの直近で炸裂した。
「ぁ、ぁあ、ぐ――あああああッ!」
「しぶとかったな、散々よ。だが……もう長引かねぇ。これで終わりだ」
「――雪辱を、今こそ晴らします」
ヴァルトルーデの顔を灼く。
崩れる態勢。間髪入れず榊巻 洸(r2p000027)と花喰 依葩(r2p000077)が決めに掛かろう。
守護を洸が担い。攻勢を依葩が担う。
――此処に二人で来たのは許嫁だの、お家の大義名分ではない。
刀として。盾として。あるべき渾然一体として、全ての借りを返しに来たのだ。
「あぁ行くぞ依葩。前座は終わりだ。踏み越えて、俺達は次へ進む」
「――示します。咲き誇れ、咲き乱れ――」
能天使からの魔術を盾が完璧に受け流し。
刀は成す。自らの根源、刀姫繚乱行使。
――神速一閃。疾走する一筋の刀閃は戦場に瞬き。
能天使の左腕を――斬り落とした
「づぅ――ぁぁああああ!!」
そのまま首を刎ねんとするが、ヴァルトルーデは一も無く二も無く遁走した。
どうでもいい。どうでもいい。どうでもいい。
顔が焼かれても腕が無くなろうとどうでもいい! くれてやる!
痛みも苦しみも関係なく。ヴァルトルーデの脳裏にあるのは――
「げい、か、猊下……」
ただ親愛なるあの人の事だけしかない。
駆け抜ける。あの方はどうなったのかと。
息も絶え絶え。飛ぶことも出来ず、靴も脱げ、生の足のまま戦場を走り抜け……
そして。
「――あぁ来ましたかヴァルトルーデ。実にタイミングが宜しい」
いた。
ヴァルトルーデは見た。其処には――かつてない程の微笑みを携えていた――第五熾天使がいてくれたのだ。傷は? あれだけの神秘の奔流に巻き込まれれば、現状の出力では流石に無傷とは思えず……
だが身を確認すべし、というヴァルトルーデの思考は総て吹き飛んでいた。
だって。穏やかな笑みが、其処に在ったから。
初めてこの方にお会いした時の事を思い出したから。
あの日も。このように。柔らかな表情を見せてくれていて……
あぁ。猊下――
――権能名『死獣の咢』発動。
※アレクシスの戦場で、戦況が動いています――!

