■って、つかれるわね
あぁ全く。実に、丁度良いタイミングで来てくれた。
「ヴァルトルーデ。貴方とは随分長い付き合いでした」
第五熾天使は語る。その貌に微笑みを張り付けて。
「貴方は私の権能を知っている」
或いは、それ以外の貌など知らぬか。
「アレは私にとって秘中の秘だ。なぜ今まで粛清されなかったと思いますか?」
彼は淡々と言を紡ぐ。
「ゲラントがいたからですよ。
貴方を殺せば、彼の精神に必ず、そして少なくない負担が掛かる。
彼は実に実に有能だ。私の意をよく汲み、よく働いてくれる。今後も長く永く我が側近として働いてもらいたい所です――だからこそゲラントの精神性に関しては多少なり私も気を払ってやっているのですよ。
逆に言えば彼がいなければ貴方はとうの昔に粛清しています。
ターリルやバルトロ程の力も無いのです。分かるでしょう?」
ヴァルトルーデを粛清する理由を。そして今まで粛清されなかった理由を。
……スィ(r2p005848)というゲラントに忠誠を誓う天使もいるが、アレが粛清されないのも同様の理由だ。己に忠誠を誓わない塵芥など本来生かす理由は無い。だがゲラントがそんな意を理解して、度々先んじて庇うので生かしてやっているのだ。
だが、その配慮にも限度はある。
なんらか優先する理が、その配慮より上に至ればその限りではないのだ。
――権能名『死獣の咢』発動。
ソレは吸収型権能。
他者から命を奪い喰らい、己が活力と成す秘儀が一つ。
その権能の力が、アレクシスに絶対の忠誠を誓うヴァルトルーデに振るわれた。
「ぁ、ぁ、あ――――」
「だから丁度良い。我が秘密を知る者の排除を行える絶好の機。
この場は、我が計画における重大な節目だ。
戦いの狭間に死すのなら、彼も仕方ないと見る事ができるでしょう――
それに先のレイライン攻撃の治癒になる欠片が欲しかった所なのです。
……と言っても貴方も随分摩耗しているようだ。
これではどれだけのモノになるとも知れませんが……」
胸を貫かれ、口からは激しき吐血も零れ出でよう。
――アレクシスにはレイライン攻撃による、明確な負傷が存在していた。
流石の第五熾天使とは言え、出力を制限した身で巨大な神秘の奔流に巻き込まれれば無傷などと言う事はあり得なかった訳である。今まで余裕を見せ続け、人類を愚者と侮り続けていた身に――遂に、痛みを伴わせる一撃が届いた。
正に大戦果。現状の第五熾天使は、決して手の届かぬ頂きに座している訳ではない……その証左になったと言える。
……だが、今すぐにも打倒し得る致命的な負傷か、と問われればそうではない。
第五熾天使はレイライン奪取が不可能であると判断するや否や、即座に対応を『奪取』から『防御』に切り替えたのだ。かなりギリギリのタイミングであったが故に、ソレはほんの僅かに直撃の度合いを減らす事が出来た、という程度に留まったが。
しかし100%の直撃でなかったのなら上々とアレクシスは捉えている。なぜなら。
「私が滅びるものですか! 一発限りの隠し玉程度で! この私を打倒叶うとでも!」
そう、未だ第五熾天使は十分に健在であるのだから――!
第五熾天使迎撃作戦で涼介・マクスウェルが述べた懸念通り……パールコーストの大砲撃やレイラインの力をもってしても、それだけでアレクシスを打倒する事は無理なのだ。特にレイラインの一撃は実に巨大な神秘の衝突足りえた、が。アレクシス自身もやはり、超越した魔業を身に宿していればこそ。
そして……彼は態勢を立て直す為に、神秘の燃料を欲している。
天使級などと言う木っ端では意味がない。大天使級でも不足だ。
能天使の座にあるヴァルトルーデならば丁度良い。ただ彼女自体も戦闘によって大きな負傷しているが故に、十全たる喰いで、とまでは言わぬが……まぁ贅沢を言っていられる時ではない。
「安心しなさい。私が真実、天を取った暁には再び会う事もきっと叶うでしょう。
絶対たる秩序の世界の果て。安堵の中で姉弟共に永劫過ごせば宜しい」
「――――」
喉の奥に血が絡みつく。もう喋る事すら上手く出来ぬ。
ヴァルトルーデという一個人が吸収されていくのだ。
その身に微かに残っていた全ての生命力が……アレクシスの燃料として吸い尽くされようとしている。
「…………」
不満はない。
元より、遥か昔……アレクシスに救われた命だ。
アレクシスの役に立てるなら、本望である。
その血肉の一片たりえるなら、本懐である。
「……ご、ほ……」
ゲラント……あの子は強い子になった。
だから私がいなくても、だいじょうぶだろう。
でも一つだけ心配だ。幼い頃はずっと手を引っ張って歩いていたから。
ちゃんと一人で歩いて行けるかな。
これから先、迷子になったりして泣かなければよいが。
「……あ、ぁ」
何故――想いを告げないのですか?
瞬間。ヴァルトルーデの脳裏には幾人かのレイヴンズの言の葉が思い浮かぶ。
お前にあるのは愛情だろう。なぜ目を逸らすのかと……度々言われた。
……恋? 愛?
私の胸中にあるのはそういったものだったのだろうか? 本当に?
本当に、もしそうなら……
そう、なら……
「恋って、つかれるわね……」
口端に、笑みの色が灯されようか。
心の底から……疲れ切った感情も宿しながら。
……永い時を彷徨ったヴァルトルーデ・ライフラスは今――その生に幕を降ろした。
※アレクシスの戦場で、戦況が動いています――!

