小鳥の歌


 赤く燃える空に歌声が響く。
 何処までも遠く羽ばたく声は死に往く者への送歌だ。
 それは弔う事すらできなかったトルカへの、せめてもの手向け。

 ジルデの身体が光の粒となって崩れていく。
 この身は人間を駆逐するという本懐を果たせなかった。
 だから己が神に弁解する言葉も持ち合わせていない。
 自分がその名を呼ぶことすら烏滸がましい。
 我が神は出来損ないを見向きもしない高潔なお方なのだから。

 ただ、歌声を聞いていた。
 小鳥の優しい声を。
「あり、と……ナオ」
 トルカの為に歌ってくれて。
 自分の為に歌ってくれて。

 俺は小鳥ナオが望んだように笑えていただろうか。
 嗚呼、もっと君の声を聞いていたかった。

 光の粒ジルデは奈央輝の腕から空へと舞い上がる。
 輪郭が無くなった光の粒を見上げ奈央輝は歌い続けた。

 ――優しい君の声を覚えている。
 ただ自分の進む道を走り続けた真っ直ぐな君へ贈る小鳥の歌。
 響け、響け、空へ羽ばたけ。
 留まる事を知らぬ優しき君へ。
 どこまでも、どこまでも、空は広がっている。

 ――――
 ――

 地面に座り込んだ春野 奈央輝(r2p005595)の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
 血塗れの腕にはまだジルデ・ビターダ(r2n000200)の温もりが残っている。
 奈央輝の背を音喜多 心(r2p005594)がしっかりと支えた。
「ナオ……」
「ぅ、うう、心ぉ……っ!」
 心に抱きついた奈央輝の涙が地面へと落ちる。
 戦わねばならなかった。避け得ぬ戦いだった。
 それでも、ジルデに笑って欲しかった。

 トルカを運んできた狗吠 バンリ(r2p006606)は小さな身体の感触を思い出す。
 年端も行かない小さな身体だった。
 バンリの隣に立った八月一日 夏無(r2p000869)は彼の背を励ますように叩く。
「火の中じゃなく、今度は兄の腕に抱かれて逝けたのはよかったと思うぞ」
「ああ……そうだな」
 火刑の苦しみは想像を絶するものだ。閻 魁命(r2p004349)は身を以てそれを知っている。だから、トルカが眠るように旅立てたことに安堵した。
「終わった、のか」
 二階堂 朱鷺(r2p001201)は震える手を押さえながら光の粒ジルデを見上げる。
「今度こそ、今度こそ……終わらせた」
 朱鷺の手を握る都築 広斗(r2p005623)の言葉は、自分自身にも言い聞かせるものだ。戦いの終わりを実感するのは難しい。
「よくやった!! お前らはジルデに勝ったんだ!」
 二人の背中をバシンと叩いたのはジェイ・フォールド(r2p000598)だ。
 先達たるジェイの声に朱鷺と広斗は目を輝かせる。
「勝った……」
 朱鷺は嬉しさにぎゅっと手を握り締め、天に拳を上げた。
「勝ったぞー!!」
 鬨を上げる。それは総指揮を担った朱鷺の役目。
「やったー!! 勝ったー!」
 立花 椛(r2p001244)は嬉しそうに赤竜隊のラピスラズリ(r2p005669)やクリシュ・オメノー・アルタクシャサ(r2p004311)とハイタッチを交わす。
「ジルデに勝ったー!!」
 甲斐 つかさ(r2p001265)の一際大きな声が戦場に響き渡った。
 奈央輝と心の背中に音峯・紗菜(r2p001554)が抱きつく。
 戦場に響かせた音は無駄じゃなかったと確かめるために。

 勝利の余韻を噛みしめながらノイモント・シャルラッハ(r2p001738)と『雨の救い手』蒼氷(r2p005516)は拳を付き合わせる。
「……何だって!?」
 僅かに緊張した空気が悠尋(r2n000083)率いる赤竜隊から伝わってきた。
「満幸が告解したというのかい!?」
 戦いの最中、負傷し後方部隊へと下がっていた燈花の一人が告解したという伝令が回って来たのだ。
「後方部隊では対処しきれず天使化した燈花は逃亡。数人が行方不明です」
 天使になったのは遠谷満幸(r2p007189)。
 負傷者から満幸を遠ざけるため、囮を引き受けたのが那岐瀬涼、琴藤若葉、澪里ゆいろの3人だった。うち、琴藤若葉が重傷で帰還。那岐瀬涼と澪里ゆいろの生死不明を知らせる形となった。
「みつゆき、くん……?」
 燈森 紫空(r2p000637)は青白い顔でぶるぶると震え出す。
 魁命も仲の良かった澪里ゆいろの安否が不明になっている事が気がかりだった。
「さっきまで一緒に戦ってたのに」
 新汰・フィモールト(r2p005365)は快く血を分けてくれた満幸の顔を思い浮かべる。
 運命とは残酷に爪痕を残していくのだと木葉 秀逸(r2p000669)は唇を噛んだ。

「それでも、みんなよく頑張ってくれたね」
 ティルレアン(r2n000075)はみんなに「ありがとう」と声を掛けた。
 五月七日 しずく(r2p005649)の煙幕、星見 里歌(r2p000756)の紅棘、アクア・フィーリス(r2p000099)の紫毒を受けトルカの暴発は防がれた。
 戦いの最中ジルデの羽化への疑念に一石を投じたのは弥樹 所縁(r2p001966)の言葉だった。妹は誰によって化け物にされたのか、己の権能は誰によるものか。
 所縁の問いが作り出した隙は大きな好機となった。
 ジルデの激高は命を蝕む閃光となり戦場を覆う。
 その惨状を救ったのはセレーネ・ローザ・フォレスティ(r2p000402)の聖なる光であっただろう。そして、矢風・初雪(r2p000958)の氷鎖が反撃の一閃となった。
 黒緋 三四郎(r2p003226)の刻んだ毒がジルデの体内を回り、四方 ヤシロ(r2p000334)の鋭い爪と桐枝 ミント(r2p000347)の拳が痛打を叩き込んだ。
 玄葉 四白(r2p000211)やバーナード・ロックウェル(r2p001584)たちの部隊間連携もしっかりと密に取れていた。
 田沼 縁(r2p000424)の盾に守られた仲間も大勢いただろう。
 仲間の傷を癒やし戦線を支え続けた五辻 縁(r2p001802)や白詰草 イズル(r2p002256)の仕事はまだ終わっていない。皆満身創痍だからだ。
 それでも――
「よく頑張ったね」
 ウィリアム・ペンスフォード(r2n000022)は一桜(r2p000220)に笑顔を向ける。

「さてと、あたしらは次の戦場に行かないと……って」
 ワインオール・クラフトラヴ(r2p004817)はクラフトジャーニーを担ぎながら上空を見上げ頬を膨らませた。
 赤々と燃える空から無数の天使の羽ばたきが聞こえて来る。
「次から次へと……」
 鳶(r2p002991)は眉を寄せ天使共を見上げた。
「大丈夫。ここは私達に任せて頂戴」
 クラフトラヴ達の前に大きな盾を持った美夢・ペンスフォード(r2n000053)が歩み出る。
「でも……」
 一桜は心配そうに美夢を見つめた。
「行って一桜くん。そして勝って来て……ソフィーリアや結斗くんの未来のために」
「任せたよ一桜」
 美夢とウィリアムに背を押され一桜は走り出す。
「私は天使になった子を探しに行ってくるよ」
 燈廻楼の主として悠尋は告解した満幸や安否不明のゆいろ達を見つけ出してやらねばならない。
「ええ、また会いましょうね……『緋鬼』ドラギア
『黒盾』ナイトリリィ『閃光』デイブレイクも気をつけるんだよ」
 踵を返した悠尋たちを見送り、ウィリアムは美夢の隣に立った。

「どこまでやろうか?」
 天使の軍勢を見ながらウィリアムが問うた。
「戦闘中だけ動けばいいわ」
 美夢は大盾を構え敵を見据える。
「分かった」と短く答えたウィリアムは深呼吸をして美夢の背に手を置いた。

「――星の魔術師ウィリアム・ペンスフォードが告げる。
 昏き夜の星を廻らせし大いなる導結を解き、此所へ結びの流星を落とせ。
 一つ、瞬き。二つ、落として。三つ、誘う星の導べ。
 限定解除、『昏き夜の大盾』ナイトリリィ――!」

 天使の羽ばたきが戦場を覆い尽くす。
 美夢へと飛び掛かった天使へ後方から目映い星の閃光が走った。
 大盾を振るった美夢の唇に笑みがこぼれる。
 はじき返された天使がウィリアムの星の魔術に焼かれ光の粒となって消えた。

 ※ウィリアム・ペンスフォードと美夢・ペンスフォードが行方不明となりました。


全体シナリオ『誰が為のオラシオン』が始まりました!

⛄ウィンターボイス2025⛄

シーズンテーマノベル『鶫は鳴いていたか』

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