魂魄残滓
――応えて、魂!!
瞬間。
それは奇跡か。或いは必然だったか?
本来であれば露と消えていた筈の……一つの意志が、暗闇の奥底から浮上した。
「ここは――どこだ? 僕は、一体……」
それは魂(r2p000385)だ。彼は今、どことも知れぬ空間で目を覚ました。
今しがた……とてもよく知る、誰かの声が聞こえたのだが……
しかし記憶を手繰らんとすれば頭が割れるようだ。思考にノイズが走る。
だが少しだけ思い返せた――そうだ、彼はアレクシスによって粛清され……その全てが吸収された筈だった。そうだ! あの瞬間の事は鮮明に想起出来る――あの時確かに――
「死んだ筈だが……まさか、ここは……」
アレクシスの、権能内――?
推察する限りそうとしか思えぬ……と。自分なりに結論を出した、正にその時。
『――権能内にノイズを確認。索敵完了。個体名『魂』の残滓を確認』
そのような異常事態が漫然と見過ごされる筈もなかった。
魂の存在が観測される。何に? それは――
『……吸収物の残留意思? まさか……前例なき事態です。
なぜこのような……アレクシス様の出力が主天使級に制限された事による弊害でしょうか? ……しかし問題はありません。残滓消滅、完全吸収まであと幾許も無い事でしょうから。全ては遠からず元通りになる』
「……お前は誰だ?」
『これは失礼。私は『森羅万象の理よ、我が手中たれ』の統合・管理処理を司るセクション……いや簡潔にシステム、とでも申しましょうか。権能内の権能が、権能を補佐している。そういうモノもあると捉えて頂ければ』
アレクシスの権能そのものに、であった。
虚空より響き渡る声。無機質な、機械のような声色が魂の脳髄に直接齎される。
この言が正しいのであれば、権能のシステム面が自動的に魂を感知しただけであり。アレクシス本人が事態を知覚した訳ではないようだ――が。
「僕はどうなる? 異物として即時対処されるのか?」
『それも可能です。しかしアレクシス・アハスヴェール様は現在、非常に多忙です。
貴方のような残滓にリソースを割いている暇は御座いません。
よって報告の必要はない。先程の通り、どうせ放置しても貴方は消えるのですから』
「多忙? つまり奴は今……レイヴンズと戦闘をしている、と?」
『左様です。人類、並びにミハイル一派と戦闘を繰り広げていらっしゃいます。
貴方の異能も存分に役立っている様ですよ』
瞬間。魂の眼前に、まるでモニターのように戦況の様子が映し出された。
其処に映りし光景は、無数の金色の米が降り注ぐ様――
『『豊穣変生・枯渇の七つ夜』……如何です? 貴方の宿していた異能を元に、アレクシス様が権能として昇華させた代物となっております』
「実に醜悪だな。米を毒にするな」
『そう悲観なされぬように。アレクシス様に悪意はないのです。
アレは性格終わってるだけですから。
どれだけ効率的に扱えるかを追求した結果でしょう』
「効率という建前でこれほどの所業が出来るとは。実に大した才覚だな――んっ?」
吐き捨てるように言を零す魂。だがそんな彼の眼前に続けて――
アレクシスがヴァルトルーデを抹殺する瞬間も映し出された。
『死獣の咢』――? なんだ、これは?
仲間を、配下をも犠牲にしたのか……? こんなにも容易く?
「……!」
魂は思わず、嫌悪感に顔を顰めるものだ。
何故だ、アレクシスよ。何故お前はそんなにも――
「他者を踏みにじれるのだ? ……一体どれほど、アレクシスはこのような事を?」
『無数に』
「全てを、自らの大望の生贄にする事に躊躇はないのか」
『そんな事に頓着されていません。自らが天に立つ、それだけが全ての理』
「なぜそんなにも、天を目指そうとする?」
『だって人は愚かだから』
魂の、切なる疑問。
何かあるのではないか? アレクシスが如何なる犠牲を強いてでも天を目指すようになった理由が……映し出される数々の所業に対し、そんな事を微かながら思いもする――が。そんなものは無いとシステムは即座に断ずる。
『そも、アレクシス・アハスヴェール様は始まりから天使だった訳ではありません。
元々は……ある世界に生まれ出でた頂点者に過ぎなかった。
だがその世界は問題が多かったようでしてね、端的には、実に愚者が多すぎた。
人が人を虐げる事を是とし、むしろそうでないのがおかしい価値観の世界。
例えるならばあの世界は――性悪説根源世界』
ソレは語り続ける。アレクシスが如何なる人物であったのかと。
『アレクシス様は該当世界で誕生しえた頂点者です。
史上最悪の奸人。誕生すべきでなかった天性の確信犯。
あまりに純度深すぎる悪であったが故にこそ――全ての愚民を支配し、崇高な者による絶対の秩序を築かんと邁進する道を選んだ者。その終着点こそが、つまり度々口にしている……『神』という座を指しているのですよ』
「……」
『滑稽でしょう? 自分が神となり、真の全能へと至り。
全世界を絶対秩序によって支配すれば、万民が幸福の中に包まれる。
だから他人は総て我が大望の礎になるべき、そう本気で考えてらっしゃる。
故に何も顧みない。自分の行いが悪などとも思わない。
――辿り着くべき結末は万民にとっての楽園なのだから』
他者の侮蔑。
究極の増長。
その権化たる者がアレクシス・アハスヴェールという一個人なのだ。
彼は止まらない。己が理想に辿り着くまで。
粛清に次ぐ粛清。屍山血河の果て、無間地獄の頂上。
骸と血で彩られた玉座に、純白の『神』として君臨するまで――!
『――貴方も分かるでしょう。アレクシス様はとても善人ではない。
他者の無知蒙昧に失望しながら、しかしほくそ笑む者。
生まれついての邪悪ですよアレは』
「……お前は誰だ?」
瞬間。システムの言を遮る形で……
魂は先程からうっすらと気付いていた違和感を、あえて口にしよう。
「お前はさっきから何かおかしい。
自分の事を権能内のシステムなどと例えていたが……違うな? 所々に意思のようなモノが見える。アレクシスを称えるような事を述べながら、同時に蔑むような言の葉も淡々と吐き出す。実に饒舌にな。
――少なくとも無機質なプログラムの類ではないだろう」
魂の言に、一転して沈黙するシステム。
だが構わない。どうせこのままでも……やがてまた消えてしまうのだろう? 死んでしまうのだろう? ならば言いたい事、聞きたい事は総て吐き出してやる。
なぁ、会話を続けていたシステムとやら。
「もう一度聞いてやるぞ。お前は誰だ?」
『――――ン、フ』
その時。虚空より響き渡る言の葉に……
明確な感情の色が灯り始めた。
『ハ、はハハ……ハハハはハッイ、ヒ、ハ!』
一変する。無機質なる声色から、他者を嘲笑するような声色へと。
或いは、そう聞こえるだけでソレにとっては純粋な歓喜であったのかもしれない。
ソレが他者と接するのは、実に実に久方ぶりの事だったのだから。
故、ひとしきりに感情を発露させた後……語り始めるものだ。
システムの一角を担わされる事になった――その正体を!
『――私は、ミスティティア。
アレクシス・アハスヴェールの一つ前……先代アーカディアVで御座います。
『滅亡の書・ソドムゴモラ』の本来の保有者と申しましょうか。
私は生きている訳ではない。貴方と違って既に完全に吸収された身だ。
色々ありましてね、人格部分のみを再利用されているのですよ。
まぁ――共にアレクシスに吸収された同士。微かな時ですが何卒よろしく……
イヒヒヒ、ハハイヒヒアヒア、ハハハハッ――』
※アレクシス戦場の戦況に動きが見られます――
※アレクシスの権能内で、なんらかの事態が進行しているようです。

