戦慄
星の深奥が戦慄いた。
第五熾天使が触れたるはこの星の脈。ハッキングとも形容すべきその権能は――在るべき形であったそれを掻き乱した。
それはまるで、彼方まで届く音のように。
否、音とは震えであるのなら、それは正しく音なのだろう。
では音であるというのなら。
それは霊脈の――悲鳴であった。
戦慄。
戦慄。
第五熾天使の羽搏きの下、霊峰はますます激しく焔を息吹き、大地を彼方まで爪弾いて――
遥か。
蒼き蒼き海の底まで、響めかせる。
――――……、
海底が軋む。
闇が蠢く。
悪夢の長き微睡みが、終わる。
常夏のぬくもり。
平穏のしじま。
精霊達が戯れる、楽園のわだつみ。
――光の領域。
その主たる神霊、真月里(r2n000190)は波打ち際に立ち、遥か西方を見つめ続けていた。
今、富士聳える彼の地にて、人類が第五熾天使と命運を懸けた激戦を繰り広げていることは、真月里も知るところであった。
――もどかしい。欲を言うのなら、今すぐ駆けつけて人間達を支えたい。
杖を握る三日月の指先に、我知らずと力がこもる。なれど真月里は未だ完全な存在ではなく。ここから簡単に出る訳には、いかなかった。
物言わぬ鯨のなきがらが、潮風に肋骨を歌わせて。神霊にできることは、こうやって祈るように西を見つめるだけだった。幾千もの、もどかしさを積み上げて。
かくして、その時である。
大地が震えた。
――微かな地鳴りであれば何度も観測していた、第五熾天使が富士の山を噴かせているからと。けれど。
今回は、何か違う。
「これは、……霊脈が……!?」
思わずと足元を見る、ぞわぞわとした嫌な気配が大地を通じて立ち昇ってくる。
異変を察したのは神霊だけではない。精霊達も不気味な気配に恐れ怯え、「姫様!」「姫!」と声を震わせ集まってくる。
「海が――怯えてる」
目を見開く真月里は、東京の方角を見た。
レイラインの乱れ以上に、真月里を戦慄せしめたのは。
彼方の海。彼方の気配。
知っている。
この気配を知っている。
忘れられるはずがない。
あの時の痛み。あの時の無念。……あの時の恐怖。
信じたくはなかった。
けれど。
「まさか」
――まさか。
目覚めてしまったというのか。
「……クラーケン……!」

