毒蛇と少女
「イケジメッ!!!!!」
大地が揺れる。大口を開いた闇の中にその声が木霊する。
羽ばたきの音が響いたかと思えば少女の叫ぶ声がする。
「いや、いやいやいや! ダメ、ダメダメッ! こっち来ないで、来ないでくださいッ! お、お願いだから!」
金の髪は乱れ、血潮は滴り落ちる。肉体の欠けが痛ましく、痛みにもうろうとする意識を何とか持たせるように彼女は唇を噛んでいた。
今、死に物狂いで逃げ果せている少女は只管にバケモノとの鬼ごっこを強制的に繰り返さしているのだ。
「ヤキニクッ!!!!!!!」
「調理方法いらないっ、いらないから! いらないんですッ! お、お願い! お願いです!」
少女はフォルテール(r2p008473)と言う。
トモリと呼ばれていた少女だった。彼女は元々は新宿カブキチョーに拠点を置くプシュケーの一員であった。
物静かで争いを好まなかった彼女の不運は告解だっただろう。
天使になっても傍に居れるならそのまま一緒に居ようと軍場 冬青は誘ってくれたが断った。
いつ、自分が外で見る化物のように友人たちを襲うかと知れなかったからだ。
「と、止まって、止まってよ……止まって……ッ」
トモリは――フォルテールは選択肢を誤った。
小さな灯で作り出した拳銃は全く アーケダマル(r2p006335)に歯が立たなかったのだ。
今はただの天使。プシュケーとティティフィティアの敵。
じりじりと迫り来るアーケダマルの声だけをフォルテールは聞いている。
「ウェルダンッ!!!!!!!!!」
「い、いや―――――」
静寂を引き裂く少女の声を聞きながら引き攣った表情を隠す事ない女は「リノン」と目の前の天使の名を呼んだ。
「ねえ、蛇明。此処でボクたちはキミたちを追いかける事も出来るよ」
「鬱陶しい……」
本隊は中華大陸のいずこかに。暗殺部隊を香港に設置する「仙豹」の暗殺者の一人である蛇明はじらりとリノン(r2p008435)を睨みつけた。
ほのぼのと微笑んでいる眼前の天使はアーケダマルと呼ばれた地下鉄線路内を根城とする巨大な天使の世話役である。
どの様にしてその席に収まったのかをリノンは語りやしないが、蛇明には興味もない。
何方かと言えば――そう、時折声が聞こえるアーケダマルと呼ぶ化物に出合い頭に追いかけられないようにする確かな立ち位置が欲しかった。
あれは存外に悪食だ。人間でも天使でも変異体でもなんでもござれと喰ってしまう。
「ん、アーケダマル、そろそろくるかな?」
蛇明は一歩後方に下がる。全く以て、彼女は不運な女なのだ。
暗殺者として育てられたこの女の最初の仕事は華氷ヒメリの暗殺だった。
この不運な女は同じような境遇の者たちと幾度となく暗殺作戦を仕掛け、そして何度となく失敗を重ねた。
わざわざ日本まで追いかけて来た後に大破局に見舞われる。全く以て不運なのだ。
不運な女は自身の部下や組織ごとタラリアという天使に拾い上げられてそれなりの条件を与えられ即席の暗殺部隊としてカタルモイに参加している。
「悪食なペットはきちんと飼い慣らしなさいよ。アタシの前に顔も見せないようにさせなさい。リードは?」
「そんなの、必要ないよ」
「ペットの躾けはするべきよ。地下鉄は貴様の庭ではないのだから」
「そうかな。アーケダマルの庭だよ」
にこにこと笑っているリノンに蛇明は舌を打つ。
悠長に話している時間などない。先ほど逃げ回っていたあの天使、フォルテールが餌となっているか、それとも逃走に成功したかで時間制限が変化する。
少なくともこんな所で世間話を楽しんでいる時間などない。
「……情報をくれてやるわ。K.Y.R.I.E.と呼ばれる人類派閥が地下での調査を検討している」
「へえ、いいね! アーケダマルってすぐにお腹を空かせてしまうから!」
「どのルートを選ぶかは分からないけれど、奴らが向かうとすれば上野周辺か、新宿や渋谷に抜けるルートでしょ?
アタシ達だって丸の内は地上を歩きたくはない。上空のデカブツと目を合わせるだなんて御免だもの」
「ふふふ、そうだね。ボクたちだってそうだよ。だから地下に引きこもっているんだから。
ああ、でも楽しいなあ。K.Y.R.I.E.か~。えへへ。いいこと聞いちゃったな……見逃してあげる」
にんまりと笑ったリノンの背後からずしずしと何者かが近寄ってくる。リノンがすうと手を上げてその行く手を遮った。
「んふふ。じゃあね、蛇明~。それから、後ろの暗殺者も連れて帰ってね」
蛇明は不運な女だった。
あんな化物と顔を合わせるなど――ああ、今日もツイていない。









