タイトロープを辿って


「今日はやけにアーケダマルが元気いっぱいだね?
 ジャガーノートとバンダースナッチので崩落してしまった我々の貴重なが使用できなくなって、彼の元に獲物が辿り着きやすくなったのか」
「どうかなー? そうかも?」
 くすくすと笑っているピエロの少女は手持ち無沙汰であったのだろうか、隣に座っていた女のうさ耳をちょいちょいと摘まんでいる。
 その美貌を惜しげもなく披露する翼を有したは「困難が多い方が人生たびは楽しいでしょう?」と囁いた。
「そうかな、『劇作家コンダクター』? 我々サーカスだってあの猛獣はまだ飼い慣らせていないんだ。もしも偶然出会いでもしてしまったら……?」
「ふふふ――――マルノミッ!」
「ああ、そうだね、麗しき道化師ピエロ、メリィ・メルゥ・メイルゥ」
 楽し気にくるくる回った可愛らしいピエロを見遣ってから劇作家は「折角の今日を楽しまないのは勿体ないでしょう?」と問い掛ける。
「おや、何かの記念日だったかな。失敬、もしかして……君のバースディとか? 祝っていなかったら申し訳ないね」
「ふふ。8月2日バニーの日だと、かつて町田で見えた観客が言っていただけです。
 私は劇作家。大ホールでは常に素晴らしき脚本を演じるべきです。折角の記念日だというならば、兎の装束バニーガールがメインキャストとなるのも悪くはないでしょう」
「みんなそれでお出迎えする?」
 楽し気に告げるメリィに劇作家は「どうしましょう」とお道化る様に目の前に佇んでいた団長に視線をやった。
 ジュールヴェールは朗らかな笑みを崩さない。
 カタルモイが開始されて直ぐに、サーカス団は東京駅近郊へと引きこもった。
 それはだったが――彼らが用意に他戦区へと顔出ししにくい理由と言うのが先ほどの――

 ―――イケジメッ!!!!

 ―――けたたましい汽笛ポッポーーーー!!!!

 いや、今しがた聞こえて来た声の主たちと先ほどより上空で響き渡る呻き声の持ち主だ。
 それらは地下迷宮を我が物顔で走り回り、出会ったものを無差別に襲う脅威となっている。
 それらに警戒をしながらもサーカス団は出来うる限りの余力を残していた。そもそもカタルモイでの勝利が目的ではない。
 彼らの第一目標は塩化の主天使嘉神 メイを愛し慈しむ事なのだから。
「騒がしくなって来たね、どうにも」
 ジュールヴェールの足元に無数の鼠たちが駆け寄ってくる。鼻先をちっちと鳴らしたそれらは地下鉄迷宮の中に配置したジュールヴェールの子飼いたちだ。
「何か誰か来てるみたいやけど」とひょこりと顔を出したのはラビィ・パッチワーク(r2p007488)だっただろうか。
「ああ、そうだね。K.Y.R.I.E.だろう。地下通路への着目と共に、他戦区への最短経路ショートカットを探しているに違いはない。
 ならば、我々の素敵なショーを見に来てくれたという訳だろう。チケットを配布する用意はして居るかな?
 しっかりとしてやればいい。幸いにして我々の方が土地勘がある。彼らにとて知らぬ場所であれど我々にとっては最早慣れ親しんでしまった我が家そのものだろう」
「ここを家やとは思ってないけどな~?」
 ラビィは唇を尖らせて不服そうにジュールヴェールへとそう言った。瓦礫塗れではあるが、旧時代の建築をある程度は残した東京駅はその過ごしやすくはあった。
 が、あくまでも過ごしやすいというだけだ。人類がこの場に住まうならば早々に音を上げてしまいそうな残念な状態であることには違いはない。
「住めば都と言うではないか。ほら、皆でお客様をお招きしよう。
 ――我らも散々と命の綱渡りをしてきたんだ。その楽しさを教えてやっても、悪くはないだろうさ!」




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