祈りと渇望のあわい
「――はい、はい、承知しました。それでは、気をつけて……」
御殿場前線基地――
オベリスクの影響が強く、出来うる限り強化した通信環境下であれど、幾つかの中継を行う必要があった。
自身があやかしでありながら祓い屋の一門の異能を用いることが出来る陰陽師は自身の符術を駆使し、後方支援員を中継しながら現状連絡を行ってくれたのだ。
棟耶 匠(r2n000068)は連絡要員として戦場と戦場を走り回って居たが、此方への合流を目指してくれている。
アーカディアVとの戦闘に度々の横槍を入れてきた小田原の終末論者達への調査は終了し、掃討の段階へと入った。
各戦場での戦況報告も上がってくる頃合いだ。――これ以上の横槍を許してはいられない、ということである。
「難しい顔をしてますね?」
「……真琴さんには偵察と連絡の要員として苦労をかけていて……」
「大丈夫ですよ! まあ……諸々骨は折れましたけど、これで上手くいくならカメラマン魂も燃え上がるってことで!」
にんまりと笑った東宮 真琴(r2n000124)へと嘉神 ハク(r2n000008)は安堵したように笑みを返した。
実働隊として戦闘を行う者も、こうして偵察を中心とし支援をするものも、その何方にも危険は及ぶ。
後方支援を行う中で如何に実働隊の危険を排除できるかは偵察員の手に掛かっていると言っても過言ではなかろう。
「小田原の終末論者はあの繭からバケモノを産み出して御殿場に襲撃しようとしてますしね。
天使の助けになるぞ~! って事だと思いますけどー……理解出来ないなあ。いや、しようとも思いませんが」
「ええ。それが天使などを崇拝する方々と僕らの違いだと、思います。
世界を終焉に等しく齎すからこそ終末論者です。僕達はそれに抗っているのですから相容れない」
ハクは渋い表情を見せた。
そうは言いながらもマシロ市の住民であったものが――時にはK.Y.R.I.E.で同僚と呼ぶべき者も、だ――終末論者となる事もある。
相容れないと言いながら、一度は手を取り合った過去は心に重く、冷たい気持ちだけを残して行くのである。
だが、それを乗り越えなければならない。世界が終末に向かうというならばそれにNOを突きつけるのも能力者の在り方だからだ。
「わ、わ、わ、主天使ミハイルの戦場のことは聞いた!? 室長達……大丈夫かな!?」
慌ただしく駆け寄ってきた九美上 こひな(r2n000071)の顔には不安が滲んでいた。
イレギュラーな存在でもあったミハイルの戦場に動きがあった。観測を行っている複数人からアレクシス派天使の幹部達との戦闘にも動きが生じているというのだから。
「室長達の居る戦場も、今、皆さんが向かっているアレクシスの戦場も……。
どこもかしこも、不安を拭い去れるだけの安心材料はありません。
小田原の横槍を事前察知し防げただけでも良しとするべきなのかもしれませんが……」
「そう、だね。もう少し周辺警戒してみる。ハク君もあんまり気負わないでね」
気遣うこひなにハクは笑みだけを返した。そのぎこちなさに気付かぬほどこひなは鈍くはない。いいや、彼だけではないだろう。誰だって、この戦場で明るく笑って居ること何で無理だ。
ハクは今、常に喪失の恐怖と戦っている。
危険地帯であるアレクシスの戦場には彼にとって家族とも呼べる来栖 正孝(r2n000072)も向かっているのだから。
家族同然に育った幼馴染みが選んだ愛しい人――戦う事に適さないハクを護ると笑ってくれた二人の片割れ。
個人の情で彼を心配することは止められないが、それに気を取られるのは指揮官として失格だろう。
――それじゃあ、行ってきます。
いつかの日、ハクは幼馴染みにそう言われた。最後の別れの時だっただろう。
あの時、ハクは複数人の能力者に彼女が命に代えても守りたいと願った幸せの象徴を預けられた。
――この子は、名前の通り幸せに生きて欲しいんだ。
だから、ハク、みんな、頼んだよ。この子が生きる未来が幸せでありますように!
(……夏帆、僕はあの日に思ったんだ。
マサさんも、幸生も、どちらも幸せに幸せに生きて欲しいって。
君が僕にくれた沢山の幸せは、終ぞ恩返しも出来なかったけれど。
だから、決めたんだ。僕の勝手で、我儘だけど。
君が大切だって、愛しているって、そう言った人達を誰も喪わない、って)
燻り続ける霊峰富士を眺める。
彼女は欲張りだったから、擦れ違った誰かのことだって大切で愛おしかった。
だからこそ、ハクも欲張りに為らざるを得ない。
小田原の歪な祈りよりも、尚も強く、ただ祈る。
どうか無事であれ。勝利を告げるその声を聴かせて欲しい、と。

