Code:Moytirra『糸の先』
霊峰富士、その霊脈を活用することはK.Y.R.I.E.のプランニングにあった。
鎌倉を解放できたことにより巫覡、古月 せをり(r2n000108)や六華(r2n000169)とも怨霊の力についての利用は重々話し合われていた。
何より、必要不可欠なる霊脈の活用に関しては棟耶 匠(r2n000068)と神祇院が纏めた資料がある。
オベリスクの破壊がレイライン活用の役に立つと匠が其方に尽力している最中――「霊脈に何かイタズラされとるな」とせをりは言った。
力天使ターリル・マルタルは小細工が上手い天使である。
これまでも様々なオベリスク――不細工なものもおおい。猫さんです! と言いながらブタにしか見えない……――を作成し活用してきた。匠が相対していたオベリスクもターリルの自作であったが、それと同じ現象が彼女が出陣する戦場にも起きていたのだ。
霊砡と名付けられたそれは霊峰富士に通る霊脈を利用し、ターリルらにとって有利になるようにと細工が成されていた。
準備をしようとも、その準備をした力が其方に吸われてしまう可能性がある。
せをり曰くは棟耶の爺が準備をして居る最中にうちはそっちの対処に回るということだ。
「――と、言う訳や。準備は万端って事でええね」
「はい。せをりは、相変わらずというか、なんというか……」
困ったような顔を見せたケイ・アッシュ・クラフト(r2p002557)にせをりははにかんで見せた。
相変わらずの彼女ではあるが、彼女の周辺が騒がしいというのは褒め言葉としてケイはよく使用している。
彼女はトラブルの目に居ても解決しようと尽力し、あっけらかんと笑って未来を見据える。ケイはそんな輪に居る事が心地良くも感じられていたのだ。
「それじゃあ、今から後方支援に戻るのかな? 護衛の必要性は?」
「有り難う、香集ちゃん。心配いらんよ。うちは棟耶の爺と六華と此れから合流する。
そんで、レイライン使用の準備を整える。まあ、悪戯娘の霊砡対処が終わったんやから、そんな時間もかからんよ」
青代 香集(r2p005856)は「力になれたのならばよかった」とせをりを見て胸を撫で下ろした。
「でも、うちは香集ちゃんやケイちゃんが心配よ。どうか、無理をせんでね」
一度戦場を離れることとなる彼女は名残惜しそうな表情をして2人の手をぎゅうと握った。
「じゃ、また」
彼女が自らの周囲に広げた比売神の結界は防御に優れている。自己防衛に長けた巫女は一人でも後方へと戻ることが可能だろう。
問題は、どちらか――
「……ターリル」
人魚姫の弟子、青海 悠河(r2p000047)は彼女の名前を静かに呼んだ。魔女隊は文字通り命脈を断つべく尽力してきたのだ。
ターリル麾下の権天使達は倒され、戦場にはセラヴィ達と彼女だけ――いや、正しく言えばイサーク・サワもだが――が残されている。
「ああ……」
何処か切なげに呟いたターリルの青色は細められた。
「わたしは……」
彼女は海である。彼女は全てを受け容れる器である。彼女は何かもを吸収し、おのれの物とする。
それはまるで空を映す海のように、何もかもを反射し返す水面のように。
打てば響き、名を与えればその通りに動く。
伽藍堂の心に「そうするように」と詰め込んだが故に他者の顔色と心を伺い続ける事が出来る。
「……上空からいつまで見ていらっしゃいますか」
暴食の弟子たる、ネム・フィアーナム(r2p000070)は己を思わす青いリボンを付けた天使達の姿が無くなった様子を眺めているターリルに呼び掛けた。
「こちらのやることはそう変わっていません。魔女隊はあなたを倒さねばならないのですから」
「それは、リルちゃんがアレクシス様の一の子分! だからですね?」
幼い子供の様に彼女は振舞った――幼い子供であれば、殺す事を躊躇する者も居るだろうというのは誰の言だっただろう。
「そうだね。スィは、人類が好きだから。人類を排除しようとする存在は許せない。分かる?」
「勿論です。相容れない、事でしょう?」
穏やかに問うたスィ・シオン(r2p006182)の周囲には七羽の鴉が飛び交っている。どれもが警戒し、ターリルを眺めていただろう。
「……相容れないことは確か。それに、戦う理由を聞いてきたのはターリル、貴女自身がその心に惑いがあったから。
違う? アレクシスのように情報を欲したわけじゃない。貴女は、貴女自身の心に足りない者を補おうとしているように見えた」
トーメリーサこと立花 椿(r2p005954)に「わかりませんよぉ」とターリルは朗らかに微笑んだ。
「分からないならば教えてあげましょうか? ほら、降りて来て下さい。
傍に来てくれればちゃんと囁いてあげますから。三月ウサギの教導はきっとお役に立ちますよ?」
くすりと笑った卯槻 咲月(r2p000433)にターリルはまるで刻陽学園に居る彼女の教え子のような笑顔を返した。
それが誰かの模倣では無く、彼女自身の笑みのようにも見えて、咲月はぴたり、と動きを止める。
「ターリル」
「わたしには過去はありません。歴史もありません。何故ならば、それの全てを喪ったからです。
これまで能力者の皆さんはターリルとは誰なのか、その感情は自分のものではないか、と声を掛けてくれました。
わたしは考えました。考えたら、考えるほどに――わたし……」
眸の色彩が紅色に変化する。まるで、操り糸に繰られたように「猊下の為に役目を果たさなくては」と譫言を呟いた。
ふ、と青色を覗かせれば、普通の少女のように惑いを見せる。
またも赤色に変化が見られれば、無機質なバケモノのような笑みを浮かべた。
「何も教わっていないのですね。教育放棄されたこどものよう。
……貴女が何者かは分からなくったって、踊ることは出来るでしょう?
誘ってくれたじゃないですか。一緒に踊ろうって。それって――」
ただのカーレン・ニルセン(r2p004248)の言葉に重なるように「アタシも踊っていいのかしら」と問うたのはイサーク・サワその人だ。
「このタイミングだろうとは思って居たとも。何せ、キミはあのミハイル麾下の天使だ。
ミハイル自身はキミに何も指示をしないだろうね。
正確に言えば、そうだな……勝手にさせておいてもある程度は大丈夫な枠? とでも。
信頼と言えば聞こえは良いが、放任主義も過ぎればキミという存在の判断能力に委ねるしかない。
ここまで此方に自分を敵に回さないように、敵に回すならばターリルと手を組むと牽制してきた甲斐があったね」
くすりと笑ったハーメルン、ニネミア(r2p000214)にイサークは「いやね」とそう言った。
「あの子はお人形さんでしょ? お人形ってのは自分では動けないものヨ。
あの糸を猊下が手繰ってくれているならば良いでしょうけれど、愛情がないじゃない?
その点、アタシったらどうかしら? きっと素敵に愛してあげられる筈だけど」
くすくすと笑うイサークに「愛とか、そういうことを言っているのでは無くってですね!?」とナイチンゲール――葉許 譲葉(r2p004149)が目を剥いた。
「では、サワちゃん。貴方の目的はターリルのダッシュ、ですか?」
「だったらどうするのかしら。大丈夫ヨ。
ちょっと気難しそうなイケメンからナンパ癖で自由気ままなイケメンに変わるだけ。
イケメンなコトも傲慢なコトも変わらない。ご主人様が変わっても大丈夫なようにあの子を殴って空っぽにしちゃいましょ!
アンタ達はアレクシス・アハスヴェール麾下のターリル・マルタルを撃破出来る。
アタシはミハイルの所にこの新しい玩具を持って帰ることが出来る。
いいじゃない! Win-Winじゃない? ま……イヤだっていうなら、三つ巴しましょうヨ」
イサークがうっとりとした調子で笑えば田沼 瑠璃(r2p001458)は「何て勝手な」と歯噛みした。
「瑠璃ちゃん」
「縁ねーさん、でも……!」
「ええ。随分勝手なことを言ってくれますが……申し訳ありませんが魔女隊はその勝手を許しません」
義母の代わりに魔女隊を率いる田沼 縁(r2p000424)はじっとイサークを睨め付けていた。
ターリル・マルタルの眸の色彩は絶えず変化する。
蒼に、赤に、蒼に、赤に。
繰り返し、繰り返し。
おのれは何者かを理解出来ない儘、他者の心に触れ続けたが故に。
「わ、わたし――」
彼女は、おもちゃだ。いれものだ。
彼女は、がらくただ。どうけしだ。
彼女は、にんげんか? それとも――?
「わたしは……」

