第五熾天宝冠・起動
「誰も彼も、何をしているのかッ!!」
アレクシスは度重なる想定外を前に、遂に憤慨の感情を吐き出すものだ。
力天使の叛逆――? 図に乗るなよ、貴様如きが!
「私の支配から本当に脱する事が出来たとでも?
一時の夢に手を伸ばした報いは必ず与えて差し上げますよ……
愚かなる選択を後悔しなさい! 背信者に与える慈悲は無いッ!!
我が臣民に相応しくない存在は――粛清あるのみです!!」
第五熾天使に纏う殺意が極限まで高まっていく――
権能の揺らぎ。配下の造反。
数多の事態が生じても尚、見誤ってはならない。アレクシスは超越の存在である。
そもそも、りもこんがアレクシスの下から完全に逃れえる事が出来たのか……と問うなら否だ。今は類稀な事態によって権能の間隙を奇跡的に突く事が叶ったに過ぎない。
つまり……アレクシスが権能への影響を鎮静した時、再びりもこんの自由は掌握される事であろう。そうでなくても、どこまで人の側として立ち続けられるかは分からない。
端的に言って時間に限りがあるという事である。何故、と問うまでも無い。
熾天使との盟約は。いやそれ以前に天使に至るという事は、断じて軽いものではない。
真に人の側に戻る事は叶わない。彼は世界の破壊者側である。
最早、人に非ざるのだ。彼は、人の輪から外れえた。
アレクシスの言う通り――これは一時の夢だ。奇跡によって繋がった、泡沫たる刹那。
……尤も、りもこん自身そんな事は理解している。
だからこそ、ここからは速攻。ソドムゴモラの進行もある。
時間を掛けている猶予など――どこにもない!
「滅びなさい。朽ち果てなさい。愚民など全て無用なのですから――!」
「……あぁあぁ。全く、煩いものだ」
瞬間。アレクシスの高笑いが戦場に響いたかと思え、ば。
同時に大地が鳴動した。またもソドムゴモラの影響が進んだのか――? 思わずそんな思考をした者もいたが、違う。それは霊峰富士の火山活動とは別のもの。アレクシスとは別の、巨大な神秘が現出する兆し。
「まさか――!」
「来てくれたでござりゅか、ロク殿――!!」
知る気配に、ウェネト(r2p000078)が叫ぼう。
なぜなら其れは――九頭龍大神であったのだから!
大地を震わせ現れた、かの大蛇。
見据えるのは人ではなく第五熾天使の側だ!
「何ですか貴方は? 地を這う蛇如きが……まさか神に盾突くとでも?」
「神、神か――あまり、何度となく口にする号ではないぞ」
その瞳には明確なる敵意が宿っていた。
九頭龍大神はかつて告げた。人類を滅ぼすかどうかは保留する、と。
彼らが善か悪か……人の裁定者として在るのだ。故に――
「人が善であるかは知らぬ。分からぬ。未だ見定めている最中だ」
「見定めている最中? なんという愚鈍な。見て分からぬのですか?」
「あぁ分からんな」
かつての己なら即座に断じただろう。人は塵だと。
忘れた訳ではないのだ。人の浅ましさは、卑劣さは、いつでも思い起こせる。
だが……今の九頭龍大神は知っている。月は美しいと。
……なぁ、桂里奈。そうであろう?
そう、月はいつだって綺麗だったのだ。ただ忘れていただけで。
……今なら分かる。今なら見える。この瞳には世界も人も、ありの儘に映っている。
だから、確信と共に告げよう。
「貴様は悪だ。この大地にいてはならぬ、醜悪の権化と断ずる。疾く消え去るがいい!」
「笑止。大地にへばり付く薄汚い幻獣が……
消え去るのはそちらだ。格の違いというモノを知りなさい!」
九頭龍大神と第五熾天使の力の衝突は――想像を絶する鬩ぎ合いとして顕現する。
吹き荒れる鉄風雷火。あぁ正に修羅場とは、この光景の事を指すのであろう。
「……なんたる戦場だ。まさかここまで荒れるとはな」
「――二人共、無事ですか?」
「どーなんでしょう、まぁ今の所は無事ですが……あそこ突っ込んだら死ぬっすね」
衝撃波により廃墟の窓硝子が砕け散り飛ぶ――
その一片に映し出された三つの影はミハイル派として暗躍していたデプス(r2p006875)、ジーラ(r2p007391)、エマヌエル(r2p006759)の三名であった。彼らは己らが主であるミハイルの為に少しでも場を掻き乱さんと動いていた、が。アレクシスの下にまで跳びこむつもりは無い。
というよりも流石にソレは無謀であると分かっている。
ステージが違う。あの舞台に単独で上がり、演者足るに相応しいのはミハイルだけだ!
とは言え……
「恐らくミハイルの旦那も、どこかで動くでしょうしねぇ」
「……もう暫くだけ我々も力を尽くすとしようか」
「さて、私達の託す賽の目はどう転ぶことでしょうか――ね」
場は温まりつつある。ミハイルであれば機を逃す筈はない。
それまでなんとか彼の為、可能な限り場に隙を作らんと心に定めよう――されば。
「ん?」
一瞬。彼らも知らぬ影が視界の端に映った……気がした。
正確に捉える事叶わなかったが、それはシャハル(r2p006423)である。彼は、りもこんとは違う形でアレクシス勢力からの離反を決意した一人だ。彼は常に狙っていた。天使としての当然の責務をこなしながらも……
かつてアレクシスに滅ぼされた、同胞の仇を忘れた事などないのだ。
「……遂に、ここまで来たか」
シャハルの位階では、とてもアレクシスに勝てる道理はない。先のジーラ達と同様だ。
だが――残存の天使を屠り、あの男の首元に刃を届かせる一助には成れるだろう。
胡坐を描く神気取りに一泡を拭かせる。いざや往こう。
「思い知るがいい」
お前の旅路が。どれ程の罪を背負って生まれてきたのかを。
今こそ集約される。アレクシスの行いの総てが、能力者達の紡いできた因果の全てが。
だが――
「フ、フフフ、ハハハハハ……ッ!」
アレクシスは笑う。笑う。
あまりにも神の御心を介せぬ愚民が多すぎるから。
どいつもこいつも、どいつもこいつも、どいつもこいつも……!
「そんなに私と戦いたいのですか? 私を……本気で打倒出来ると思っているのですか?
あぁ健気健気。愛らしく可愛らしく……同時に、無知蒙昧にも程がある!
こんな程度で私の命に届き得ると! えぇえぇそれならいいでしょう!
戦って差し上げますよ。ですが我が宝冠を引き摺り出した事――後悔しなさい!」
第五熾天使は、最高純度の神秘を紡ぎあげる。
知れ、人類よ。貴様らが誰に挑もうとしているのか。
熾天使の宝冠の真髄を――!
――『森羅万象の理よ、我が手中たれ』――起動ッ!!
※アレクシスの戦場に『九頭龍大神』が出現したようです――!

